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Ry0TAの日記

2010-03-10

フロスト警部「狙われた天使」のレズビアン・カップル

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英国ミステリドラマ『フロスト警部』「狙われた天使(原題House Calls)」(1997)で、レズビアン・カップルが登場していた。

  

A Touch of Frost - en.Wikipedia

http://en.wikipedia.org/wiki/A_Touch_of_Frost_(TV_series)

  

ここで有料視聴できる。

http://www.showtime.jp/app/detail/contents/g00cnm120000131710758/

  

どのように登場するのか説明してしまうとネタバレになるので詳細は書かないが、物語のテーマは、「犯罪者への人間としての共感」であったと思う。

罪を犯した人間も、苦しんだゆえの、やむにやまれぬ行動だったかも知れないーなんて書いてしまうと、そんなドラマはいくらでもありそうだし、なんだかつまらない話のような気がしてくる。が、罪を犯した人間を、「犯罪者」として端から疑いの目で見るのではなく、一人の人間として見、その人間が味わった苦しみに同情もする。児童虐待で服役し刑務所で虐待された引きこもりの男シドニーに同情したことで、児童殺人事件を引き起こしたと追いつめられ苦しむが、自分の直感を信じて捜査を続けるフロストの姿を通し、その「つまらない」ことの難しさと重さを描いていた、そういうストーリーであったように思う。

  

それぞれの人物たちが、それぞれのやむにやまれぬ事情で望まない犯罪に巻き込まれてゆくなかで、レズビアン・カップルが殺人事件に巻き込まれる事情は、「クロゼット」である。

  

田舎の村で、

「ただ何も言われずに、静かに暮らしたかっただけ」

その望みは、だがほぼ必然的に、レズビアンであり恋人同士であることを隠すクロゼットにつながる。

そしてその状態を守ろうとすると、レズビアンであることにつけ込まれ危険にさらされても、正当防衛を主張できない。それを言えば、恋人同士だということも、明らかにしなければならないから。

性的少数者が遭遇する犯罪では、同性愛者やトランスジェンダーホモフォーブ(同性愛嫌悪者)やトランス嫌悪者に暴力を振るわれる、殺されるなどの悲惨な、そのぶん可視化しやすい憎悪犯罪事件が注目されるし、そういうものとして想像される。

だが、そうした大きな犯罪の背後には、小さな窃盗、詐欺、恐喝、いやがらせなど、届け出ることができず、泣き寝入りする犯罪が数知れずある、という論説を、以前読んだことがあった。被害を被っても、それを届け出るために性的少数者だと明かさねばならない、あるいは明らかになる恐れがあるなら、往々にして人は黙っていることを選んでしまう。事件そのものが、その人が性的少数者であることと関わりなくても、そうなってしまうのだ。届け出るとき、なにかプライバシーが関わるようなことを説明せねばならなくなれば、「ばれる」可能性は常につきまとう。事件が公になり、それが周囲にも知られるかも知れないと思うと、黙って被害を受け入れるほうを選択する人は、恐らく少なくないだろうと思う。

性的少数者に限らない。民族的マイノリティ、受刑者、通院などを知られては困る人・・・身や生活を守るために、泣き寝入りを選ばされる人たちが、それぞれの社会が持つ構造によって存在する。少数者が遭遇する犯罪被害のありようは、「明瞭な憎悪犯罪」だけではなく、このような構造まで考えに入れなければ、分からないのではないか。

  

フロスト警部』のエピソードが良かったのは、レズビアン・カップルを共感的に描いていただけではなく、「隠さねばならない」状態が招くこのような犯罪被害のありようを、切実なこととして捉えていたからだと思う。それがこのストーリーを、美しくけなげなレズビアン・カップルを「かわいそう」と(上から目線で)描く鼻持ちならない話に墜ちるところから救っている。

フロスト警部は時々かなり鬱陶しいマッチョオヤジ警部なのだが、彼が女性同性愛についてうざいリアクションを見せなかったのも良かった。

(かつての彼の頼もしい仲間、モーリーン・ローソン巡査部長がレズビアンだから、当然だが。)

2010-01-10

アガサ・クリスティ原作/ジェラルディン・マクイーワン主演「パディントン発4時50分」(2004)

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ジェラルディン・マクイーワン主演の『ミス・マープル』第1シーズン第3話、2004年作。

正月にAXN Mysteryで視聴した。

http://mystery.co.jp/program/agatha_marple/episode_01_003.html

  

原作は1957年。

  

  

おお、もうこれは、脚色で原型を留めていないと言っていいだろう。

1987年のジョーン・ヒクソン主演の旧シリーズも、新シリーズに比べたら原作に忠実かも知れないが、エピソードの改編もかなりあったし、物語全体のトーンが原作と違っていたように思う。

  

死体が列車から投げ込まれるという意表を突く事件の複雑さが際だつ作品だが、原作を読んだときに印象に残ったのは、死体が投げ込まれた舞台であるラザフォード・ホールで繰り広げられる、カネでしかつながっていない家族関係のどうしようもなさだったと思う。

  

遺産にたかることしか考えない家族はミステリにありがちだが、『パディントン〜』のクラッケンソープ家は、ありがちな「金持ち家族遺産相続もの」のステロタイプな設定というには生々しい。理由はたぶん、この作品が「カネを理由にした家族の支配や従属」のイヤらしさを描いているからで、これは何かしらリアルなのではないだろうか。

  

クラッケンソープ家の父親ルーサーは、自分が死んで祖父の遺産が入るのをを待っている息子たちを憎み、死んで息子たちを喜ばせまいとすることをほとんど生き甲斐とし、息子たちが先に死ぬことを喜びさえする。この歪んだ関係には、ルーサーが家業を継がなかったことで先代の怒りを買い、遺産を孫(ルーサーの子どもたち)が相続するまで信託にされたというクラッケンソープ家の遺産相続事情が絡んでいる。ルーサーが手にできるのは信託の配当だけで、自分で遺産を継げず、自分の子どもたちに祖父の遺産を継がせるために死ぬ役割しか持っていない。つまり、彼にとっては死なないことが、自分の手に家族の生殺与奪件があることを誇示し、子どもたちに対する親の権力を確かめられる唯一の手段なのだ。

  

息子たちも、当然それを知っているから、父親に愛情や敬意なんか持たないし、遺産が手に入るまでは我慢しなければならない義務に耐えている。血がつながっているからって合わない人間を好きになる義理はないよ、とばかりに、兄弟同士も冷淡に軽蔑し合っていることはなはだしい。

  

こんな人間たちの姿が、ミス・マープルに依頼されてクラッケンソープ家に潜入(?)したスーパーハウスキーパールーシーの厳しい、だが世間的なモラルにはとらわれない目で、容赦なく、けれどそれなりに公正に描かれる。

  

ルーシーは単なる外からの批判者ではなく、揃って自分にアプローチしてくるクラッケンソープ家の男たちを関心を抱き、その欠点を見抜きながら心を惹かれもする。この物語が、ありがちな「金持ち遺産相続もの」の条件を揃えていながら、もう少しリアルに、それぞれのエゴイズムと人生を持つ他人同士が「家族」のつながりだけで一緒にいることの「不自然さ」を描いている作品になっていると思われるのは、ルーシーの存在によるところが大きいのかもしれない。

  

「カネや体面を気にしなくてすむなら、家族なんかやってねえよ」

といわんばかりに(でもカネや体面は、それが欠ければ社会での生存を脅かす生命線だ。だからこれだけ家族に拘束力がある)、「家族」にまつわるモラルやファンタジーをはぎ取り、家族関係はつきつめれば経済問題・生存問題以外には何もないことを暴露してしまっている。そのあからさまさは、いっそすがすがしい。

  

唯一家族への忠誠や献身を示している人物は長女のエラで、彼女は兄弟たちが遺産のために家族と最低限のつながりを保って好き勝手に生きているのに対し、自分の欲望や不満はあからさまにせず、家事と横暴な父の世話に束縛された生活を送っている(しかも父、兄弟らはそれを当然視している)。彼女の立場は家族関係の別の具体的な抑圧を体現しているが、同時に彼女は自分の考えを持っている人間で、家族に尽くす生活にすべてを奪われているわけではないことが、繰り返し指摘されているのが印象に残る。殺された人間を除けば、エマは事件の最大の被害者といえるのだが、その打撃も彼女を傷つけず、早々に父親が死んで自由になれば幸福になることがミス・マープルによって予見されている。できすぎた、理想に走った結末(テキトーなやっつけにも見える)かもしれないが、家族関係の抑圧を描いた作品の中で、それはありうべき理想でありファンタジー(限界はあるが)だと思う。

  

と、こういう感想(むちゃくちゃ偏っているかも知れないが)を原作で持っていると、ドラマには、肝心のものが描かれていないような物足りなさを感じてしまう。

  

旧シリーズは、基本原作に忠実だが、遺産問題からくるルーサー・クラッケンソープの暴力性というか卑小さが描かれておらず、ルーサーはただの偏屈な頑固じじいになってしまっていた。フィクションの頑固じじいキャラはたしかに味があるが、頑固じじいを甘やかすのはその有害さを隠蔽するのではないかと個人的には思う。このためか、家族のあいだの緊張や倦怠感も薄れている。ルーシーのスーパー家政婦ぶりはすごいが、鋭い観察者・探偵助手という面は抑えられ、単に彼女がどう2人の男に惹かれ、どうやって1人を選んでゆくかというロマンスがおもな見せ場にされている。

  

新シリーズは、もう、止めどもないぐらい手を入れている。

遺産相続権を剥奪されたルーサーの人物設定をはじめ、画家の次男セドリック、実業家の三男ハロルド、山師の四男アルフレッド、全部人物造形が変わっている(兄弟順まで変更されてる)。1人1人のドラマを膨らませて丁寧に描こうとしている、とも言えるかもしれないが、登場人物を共感的に描くことは、かれらがそれぞれに持っていた加害性をうやむやにしてしまう。

  

そして、なにより大きな改変は、「愛」の強調だろう。殺人の動機が大きく変更されていて、さらには最後に明かされるその動機と響き合うように,冒頭にルーサーの亡妻(子どもたちの母親)が死の間際に「大切なのは愛」と言い残すという原作にないエピソードが追加されている。これは、だまされたエマに同情した改変かもしれない。だがこの親切な計らいのせいで、卑劣な犯罪の被害を受けても彼女は立ち直り幸せになりうるという原作のファンタジーがしぼんでしまわないだろうか。エマが登場する場面は、ルーサーが(すっかり高潔な設定になっているのだが、エマの世話をさんざん受けてきた点は変わらないのだ)優しくエマを労るシーンで終わる。「いい場面」だが、旧シリーズではミス・マープルが「エマはこの家から出て行くのよっ!」と主役の権限をふるって(?)あっさり解放してくれた家から、エマは愛のせいで出て行けなくなってしまっている。

  

あれこれ難癖をつけてしまうが、旧シリーズも新シリーズも、ドラマとしてはそれぞれに面白いし、よくできている。いろんな脚色も、原作から違った魅力を引き出そうとする趣向として、楽しめる。

ただ、現実にできないことを実現する力を持つフィクションが、「家族」や「恋愛」についてのモラルやファンタジーをはぎ取ることには実は不得手で、その種のモラルやファンタジーを再生産し強化するのにほとんどいつも手を貸してしまうーーなんてことを、この作品のドラマ化を見て考えてしまったのだった。

2009-12-31

寝正月

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2010年の正月休みは、ありがたいことに何も用事がない。

1月1日は相方と一緒に出かけるが、2日、3日は自堕落に寝正月で過ごす。勉強でもすればよいのだけれど、間違いなく録り貯めていた/貯める映画やドラマの鑑賞に明け暮れる。

できれば感想を書けたらと思うが・・・。

  

ヘアスプレー

日本公式サイト

http://hairspray.gaga.ne.jp/

2002年のミュージカル版の映画化。

2007年の東京プライドに行ったときも話題になっていたのを記憶しているけれど、今まで観る機会が、いや気力がなかった。

どうかな?

出演者は結構豪華だ。クイーン・ラティファの美声が楽しみ。

  

五線譜のラブレター

日本公式サイト

http://movies.foxjapan.com/delovely/top.html

作曲家コール・ポーターと妻リンダ・リー・トーマスの伝記映画。

女性と生涯のパートナーシップを結んだゲイの物語。

「Anything Goes」を聴くのと、ジョン・バロウマンのセクシーな顔を拝むのと、

エルヴィス・コステロの特別出演を観るのが楽しみ。

  

ジェラルディン・ マクイーワン版ミス・マープルシリーズ

グラナダテレビ制作の2004年の新ミス・マープル

これまでNHKなどで何度か観ていたが、AXN Misteryが年末年始に4作を放送するので、録画。

http://mystery.co.jp/program/agatha_marple/index.html

書斎の死体」

「牧師館の殺人」

パディントン発4時50分」

「予告殺人」

ジョーン・ヒクソンのマープルが素晴らしすぎる旧シリーズに如何ともしがたく見劣りする点や、独自の脚色・翻案が多い点が賛否分かれるシリーズだが、ドラマ独自のアイディアはそれはそれで面白く観ることができる僕には、あまり気にならない。

とくに、「書斎の死体」「パディントン発4時50分」「予告殺人」の3作の翻案は、レズビアンゲイが登場するクィアな脚色が評判になった。

  

エンジェルス・イン・アメリカ

AXN Channelが第67回ゴールデン・グローブ賞授賞式特集に合わせて1月2,3日に全6話一挙放送する。

http://axn.co.jp/goldenglobe/index.php

言わずと知れた、名作。

1980年代のエイズ危機の時代を舞台に、AZTの開発と、エイズと共存する「至福千年紀」の到来を告げる叙事詩は、しかしもはや歴史的作品だろう。

僕たちは天使が告げた至福とはほど遠いミレニアムを生きている。

2009-10-11

リーアム・ニーソン「恐れていたのは、「リーアム・ニーソンが男同士のキスシーンで怖気づいていた」と批評されること」

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ついでに、この本に収録されていたリーアム・ニーソンのインタビューで、僕がちょっと好きな部分。

  

——演じるにあたって怖じ気づくことはありませんでしたか?性行為を描くいくつかのシーンはとても衝撃的でした。そういうことに慣れているわれわれの世代から見てもです。特にクライド・マーティン(ピーター・サースガード)とのキスシーンなどは、役者としてとても微妙で繊細なシーンだったと思うのですが、それについて教えていただけますか?

  

確かにあれはとても重要なシーンですね。ピーターとは前にも共演していて、彼のことは心から尊敬していました。だからあのシーンに対して身体的な恐れはありませんでした。ただキンゼイのようなバイ・セクシュアルの人物を演じるにあたって、嘘っぽくならないように注意を払いました。一番恐れていたのは、「リーアム・ニーソンが男同士のキスシーンで怖気づいていた」と批評されることです。監督は、あのシーンを自信を持って演出してくれましたし、私もあのシーンについては誇りに思っています。うまくいったのではないかと思っています。実際私が大好きなシーンのひとつになりました。

  

リーアム・ニーソン インタビュー」ビル・コンドン愛についてのキンゼイ・レポート』pp.337-338.

  

映画の中で同性同士のラブシーンがあると、異性愛者(とされている)俳優が同性とキスすると、必ずそれは「話題」になる。特に男優のキスは、極端に「問題」視される(いっぽう、女優の場合は、裸体を見せたり、「大胆」なセックスを演じることすべてが「話題=問題」視されていると言えるが)。

日本でもそうだ。「体当たりで挑んだ!」とか「男同士のキスに挑戦した!」とか。

でも、リーアム・ニーソンの応答は、率直で誠実だ。「異性愛者の男が男とキスをするのは気持ち悪くて当然」という先入観や、異性愛者俳優の同性愛演技を不本意な「偉業」のように語る風潮への、穏やかな批判にもなっているようにも思う。

  

マッチョなハリウッドで、男同士のキスはなぜにこれほどメディアの好奇心の餌食になってきたのか、男同士のキスを演じた異性愛者(ということになっている)俳優たちは、「どうだった?」という質問にどんな受け答えをしてきたのか(2008年の『ミルク』のジェームズ・フランコにいたるまで)を取り上げたワシントン・ポストの記事「どうしてキスはただのキスになれないのか」はこちら。

  

Why Can't A Kiss Just Be a Kiss? - December 9, 2008 - The Washington Post

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/12/08/AR2008120803777.html?sid=ST2008112002048

ビル・コンドン『愛についてのキンゼイ・レポート』インタビュー

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から引用。

  

 私が[映画撮影のために(引用者注)]取材した人の中にクラレンス・トリップという人物がいて、彼は1984年にキンゼイと出会い、プロジェクトチームに参加しました。彼に取材したとき、「キンゼイだったらゲイムーブメントのことをどのように思ったでしょう」と質問すると、彼は、「きっと震え上がったでしょうね」と答えました。キンゼイの基本的な考え方は、ひと言でいうと、すべての人間がそれぞれ独自のセクシュアリティを持っている、というものです。100万匹のタマバチを収集した彼は、こんな小さな昆虫でも他とまったく同じ個体は一匹たりともいないということを発見しました。そして彼は、個体はそれぞれ違っているという考え方を人間のセクシュアリティにも当てはめたのです。問題は、彼が考えたとおり、確かに人間はみんな違っているけれど、自分は<正常だ>という安心を得るためにはグループの一員であるという実感が必要だ、ということです。しかし、「正常」なんてものはどこにもない---あるのは「どこにでもあるもの」と「珍しいもの」だけ。キンゼイが解明しようとしたことはそれに尽きます。何がどこにでもあるもので、何が珍しいものか。彼は人々にこう呼びかけていたのです---自分らしくありなさい!グループから離れなさい!だから、彼にしてみれば、性行動によって自分自身を定義づけるという行為に自由なんて存在しない。われわれはずいぶん進歩したという妄想を抱いているかもしれませんが、キンゼイならきっと、グループに属したいという衝動のほうが、相変わらず、個人の欲望をしのいでいると言うでしょう---現代はグループごとに異なった期待や要求を押しつけてくる時代ですけれど。つまり、性的にアクティブでなければ、というプレッシャーがある現代のティーンエイジャーの女の子は、アイドルのサンドラ・ディーに代表されるような、処女性が尊重された時代の女の子に比べて楽になったのだろうか、ということです。また、多数派に所属することが居心地が悪いと感じる人の場合は?適合することへのプレッシャーは決してなくならないのです。

  

ロブ・フェルド「ビル・コンドンとの対話」pp.325-326.

  

文庫『愛についてのキンゼイ・レポート』は、ビル・コンドンの次の本を抄訳したもの。

Kinsey: Public and Private (Shooting Script)

Kinsey: Public and Private (Shooting Script)

  

内容はこちらの出版情報から。

Kinsey: Public and Private (Newmarket Pictorial Moviebooks) - Powell's Books

http://www.powells.com/biblio?isbn=9781557046475

  

原著の第2部「映画編」から映画のスクリプトビル・コンドンのインタビュー、第1部「キンゼイの生涯と伝説」から、リンダ・ウォルフ「アルフレッド・キンゼイ評伝(A Brief History of Alfred Kinsey)」を翻訳し、主演のリーアム・ニーソンローラ・リニーのインタビュー(これは原著にないのか)、翻訳者の1人、かじよしみさんによる解説が加わっている。

最後の解説は、キンゼイ・レポートの日本での反響や、日本における性行動調査の歴史を取り上げ、巻末には1999年に行われた日本最初の全国的性行動・性意識調査のデータを掲載して、キンゼイの研究を過去の、海の向こうのものではなく、日本にいる現代の人間にも身近に感じさせるような工夫が考えられている。

  

かじよしみさんのブログアイデンティティハウス」

http://identityhouse.blogzine.jp/

2009-10-07

クライヴ・バーカー「豚の血のブルース」はいつ映画化されるのかという話について

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クライヴ・バーカーの『血の本』シリーズの映画化が昨年から「Midnight Meat Train」、「Book of Blood」(血の本)、「Dread」(腐肉の晩餐ー恐怖の研究)と立て続けに実現してるわけだが、「Pig Blood Blues」(豚の血のブルース)の映画化はどうなった?!と、バーカー様のサイトに詣でてみた。

  

Films Still To Come...? - The Official Clive Barker Website

http://www.clivebarker.info/newfilmse.html#pigblood

  

PBBはインディペンデントのフィルムメーカーVincent Pereiraが低予算映画の脚本を準備していたそうだ。

http://en.wikipedia.org/wiki/Vincent_Pereira

  

が、2004年3月、彼の脚本はバーカーの作品を映画化しているSeraphim Picturesに譲渡されて、「ヘルゾンビ」や「MMT」や「Book of Blood」のプロデューサー、アンソニー・ディブラシAnthony DiBlasiが脚本・監督を担当することになった次第。

  

ペレイラがPBBからの降板について自分で語っているインタビューがあるけれども、かなりの落胆ぶりがうかがわれる。

I worked for over a year and a half on an aborted attempt to adapt Clive Barker’s short story PIG BLOOD BLUES into a feature. When that fell apart, to be honest it put me into a pretty bad depression, and then my dad unexpectantly got sick and died only a few months later which made it worse. My personal life was thrown into a pretty big upheaval during that time. PIG BLOOD BLUES is now going ahead without me, albeit with some of my ideas in the final script for which I’ll be paid.

  

Graves Review : Vincent Pereira – News Askew

http://www.newsaskew.com/?p=123

  

たぶん、脚本から外れたあとなのだろうけれど、ペレイラはこんなことも言っていて、彼のPBBは観たかったなあと思わせる。

"I was going to make a 'serious' gay-themed horror film based on Clive Barker's Pig Blood Blues as my next project, but alas it doesn't look like it's gonna happen.

"The upshot is I'm going to take all the material I created on my own for my PBB script (and I did create a ton of original material to flesh it out) and construct an entirely new story around it, so all is not lost."

  

http://www.clivebarker.info/newfilms.html

    

ディブラシのPBBのイメージは、こんな感じらしい。

Set in a juvenile detention center, 'Blues' unravels a supernatural mystery involving, well, a possessed pig. But it's a helluva lot more detailed and disturbing than that. "To me, 'Blues' is a twisted take on a classic ghost story," DiBlasi proudly admits of the Barker tale he's devoting all of his creative energy to. "I love stories about outsiders and those kids at this juvenile detention center were certainly outsiders. It has this amazing 'Lord of the Flies' element with all these boys trapped together and this evil entity is stuck in there with them. Where the short story just touches on the supernatural element, I focused a lot on making it a ghost story. But keeping the pig, of course."

  

(2007年5月1日の記事)

Books of Blood Movie Updates – Shock Till You Drop.com

http://www.shocktillyoudrop.com/news/topnews.php?id=170

  

で、バーカーのインタビューでももうすぐ、もうすぐと言っていて、2008年に作製が始まるはずだったわけだが、結局、ディブラシは「Dread」を先に撮って、PBBは先送り。

Dread - the official Horrorfest website

http://www.horrorfestonline.com/?p=561

  

で、じゃあ次はPBBかと思ったら、「マドンナ」が先に撮られる、という話が出ていた。

マドンナ (集英社文庫―血の本)

マドンナ (集英社文庫―血の本)

On the set of their latest effort, Dread, producer Jorge Saralegui tells ShockTillYouDrop.com that he has penned an adaptation of the "Books of Blood" story The Madonna which will roll before Pig Blood Blues next year. "We were looking for something to do between Dread and Pig Blood Blues. Our other projects that we have in development were not quite ready."

  

(2007年5月1日の記事)

Producers Talk Barker's Madonna Adaptation – Shock Till You Drop.com

http://www.shocktillyoudrop.com/news/topnews.php?id=8147

  

マドンナ」はトランスセクシュアリズム、というより、自分のなかの女性性に対する男の恐怖の物語だ。PBBのホモエロティシズムに行くまでの「何か」かもしれない、というのは納得できる。

プロデューサー、ジョーク・サラレギーの言葉。

"the story is the male fear of their own female side. That's fun to do and in this film we've got a gangster who's all guy and starts to turn into a woman. He can't accept his own feminine side coming out. Whereas the other guy ends up going with it."

  

しかし、「マドンナ」の作製が動いているっていうニュースもその後見あたらず、結局、順番はPBBが4番め、「マドンナ」がその次、ってことでいいらしい。

New Clive Barker Happenings: Latest Book of Blood Announced! - Bloody Disgusting.com

http://www.bloody-disgusting.com/news/12070

  

いっぽう、監督のディブラシは、今度は『ダムネーション・ゲーム』の脚本を書いているというニュースも出ていたりする。

Anthony DiBlasi is currently in Montreal where he's about to unveil his Clive Barker adaptation Dread (set visit preview) to Fantasia Film Festival audiences. Up next for him is a take on another Barker property "Pig Blood Blues," but what hasn't been revealed until now is that he's also adapting Barker's "The Damnation Game" for Phoenix Pictures.

  

http://www.shocktillyoudrop.com/news/topnews.php?id=11074

  

DiBlasi is writing the movie for Phoenix Pictures; no word on whether he’ll direct, and in any case he’s currently gearing up to helm yet another Barker feature, PIG BLOOD BLUES, late this fall in the UK.

  

http://fangoria.com/home/news/9-film-news/3219-dreads-anthony-diblasi-faces-screen-damnation.html

  

PBBは今年の秋に英国で撮影開始する予定で準備を進めているってことで、IMDbでも2010年公開予定ってことになってるし、今年ってのは間違いないんだろうけど。

でも秋(って、今だ)に撮影をはじめるなら、もうキャスティングが発表されていてもいいんじゃないのか。

どうなるんだろう。ちょっと不安。

  

ところで、バーカーの映画製作ページを見てたら、ビル・コンドンが(!)『血の本』からPBB、「腐肉の晩餐」「魂の抜け殻」でゲイ・フィルム・アンソロジーを作るという未完のプロジェクトがあったことを知った。

  

...A feature film based around three stories in The Books of Blood - Dread, Human Remains and Pig Blood Blues. Bill Condon was attached to direct a wrap-around segment (The Book Of Blood and On Jerusalem Street) while three first-time gay directors had been given the reins to adapt and direct the three tales: Keith Clark worked on Dread, Jack Morrissey on Pig Blood Blues and Christopher Landon on Human Remains, taking over from Adam Cook who had worked on an early draft. The project was pitched as a gay art-house, horror movie, never intended to appear in your local multiplex.

Christopher Landon has been heard muttering darkly about Clive's drift away from being associated with outright horror and the project itself has fallen by the wayside - the final result being the loss of what had the makings of a truly hard-edged adaptation...

  

http://www.clivebarker.info/newfilms.html

  

これ、Gods and Monsters (1998)を撮ったあとのビル・コンドンのインタビュー(1999年6月)でも言及されている。

I have been working with Clive Barker recently on the Books Of Blood・ We’ll do a completely unrated, gay arthouse horror anthology without limits. We are trying to get something really disturbing. It could be great and I hope it works.・Considering that Barker’s publication of the same name is very dark and gory, and that most of his film translations had been watered down considerably by Hollywood studios, it is surely a project that will have horror fans salivating in anticipation.

  

Bill Condon: Bringing a Horror Icon Back to Golden Life … - DVD Review

http://www.dvdreview.com/html/dvd_review_-_bill_condon.shtml

  

レイティングぶっちぎり無制限の芸術的ゲイ・ホラーなんてヨダレが止まらず、この企画がお流れになったことに涙が止まらない。

  

追記

10月1-12日にバルセロナで開催されたSitges Film Festivalhttp://sitgesfilmfestival.com/eng(「Dread」と「Book of Blood」を上映したらしい)での、バーカー先生のインタビュー。

http://www.cinemaisdope.com/clive-barker-exclusive-interview-part-one-at-42-sitges-film-festival/

  

次に撮られる映画としてPBBと「セルロイドの息子」が上がっているけど、いつできるのかはやっぱり分からないのね(笑)。

LilyKittyLilyKitty2010/08/03 00:02全く残念な結果で、憤りを覚えました。「モントリオール宣言」にもあるように国連はこれまでLGBTの権利を否定、無視し続けて来ました。イスラム諸国を中心とした反発が国連を支配してきたからです。性的指向や性自認に関して「障害のある人の権利条約」のような正式な条約が未だにないこともこれを反映しています。しかし「移住労働者の権利条約」のようにEUをはじめすべての先進国が反発している正式な国際人権法に拠る「国際条約」も存在するのです。大変残念なことにヨーロッパ諸国に於いても「ジョグジャカルタ原則」と相いれない人権蹂躙が現存している地域が多いのです。実際1970年代まで同性愛を「犯罪」としてきた国もあるのです。人権裁判所も同性結婚を求める訴訟を全て却下しています。しかしながら欧州評議会は「ジョグジャカルタ原則」の実現に向けた法整備を行おうとしています。これが人権条約の一部(議定書)となれば加盟国は勿論、国連にも影響を与えることでしょう。2010年7月17日に国連経済社会理事会はやっと「国際レズビアン・ゲイ協会」を反対や棄権も相次いだなか、「付加勧告」にある「決議」に従い受け入れました。意外に思われるかもしれませんが、イスラムの聖典「クルアーン」には(新、旧約聖書と違い)同性愛を罪悪と規定した個所はありません。シャリーアも法学者の恣意によって解釈、運用されています。イランも「我が国に同性愛者はいない。」などという事実に異なった不自然な発言をしています。もはや「イスラム教」によって「同性愛」そのものを犯罪化することは不可能になりつつあると思います。たとえ異性間であっても婚約以前の性交を「姦通罪」として聖典に照らして裁くことが可能であっても。同性愛に反対している国は「性的指向、性自認に関する声明」に「無神論」を建前とする北朝鮮が反対したことからも窺えるように、性の問題以外に深刻な人権問題を抱えており政治的理由から反発しているわけです。むしろ真に恐ろしいのは例の「声明」に賛成しながら差別禁止法も持たない国であると思います。