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Ry0TAの日記

2009-10-10

城市郎『発禁本』「同性愛関係書・同性愛文献」

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ネット落ち中に読んだ本から、メモ。

  

発禁本 (福武文庫)

発禁本 (福武文庫)

 

  

発禁本蒐集の大物・城市郎の本を読むのは初めてだった。

戦前の日本で行われていた検閲(大日本帝国での検閲は、日露戦争後開始されたらしい)についてはなにも知識がなかったが、検閲対策織り込み済み(つまり伏字)の出版システムの狂奔、そしてそれが「時局」を理由に激化してゆくありさまに、とにかくただ驚いた。

  

ビブリオフィル、ビブリオマニア(愛書狂)の人の仕事だから、検閲史の教科書として読むにはもしかしたら偏りもあるかもしれない。かずかずの「風俗壊乱」軟派本(恋愛モノ、エロ本)への愛情あふれる解説には、やはりジェンダーセクシュアリティに関するストレートで男性中心的なトーンを感じる。でも、1冊1冊の本、そのひとつひとつの伏字や書き込みのミクロの集積から再構成した検閲と表現の格闘の歴史には、リアリティとすごみがある。

(たぶんこういうのは研究者や思想家より、アナーキーなマニア、オタクならでは到達できる境地なのかもしれない)

  

読解がクイズ解きなみに困難なほどの伏字・削除で「満身創痍」になって、なお発禁処分を受ける本。

上林暁『伏字』に描かれた、  

 発禁につぐ発禁で、雑誌編集者は神経過敏になり、出てきたゲラ刷りに印刷所で容赦なく伏字の筆を入れたものだったが、消しあぐねる文章にぶつかってその文字を抹殺したり蘇生させたりしているうちに、活字がしまいには”蟲、蟲、蟲、そんな不気味なものに見え”てきた、という筆禍恐怖時代の校正エピソード

  

「生きてゐる兵隊 石川達三」p.83.

  

検閲逃れのためにウィーンの小間使いがエロ場面になると

  

噯喲、フランツさん、お願ひですから這麼個様子。不好不好、打算做那個様子。噯々、もう那麼。

  

輪舞 シュニッツラー」p.188.

  

中国語で叫び出すナゾの翻訳体が編み出されたり。

  

文章に洒落っ気があるのであまりの滑稽さに笑ってしまうのだけれど、想像を絶する表現規制が身近にあった時代のあとに生きているんだな、と思わされる。

  

(そういえば、昔の小説を読んでいたとき、ときどき外国語単語が挿入されているのがなんだか妙な感じで、気取ってんのかなあ、かえって恥ずかしいなあと思っていたことがある(谷崎潤一郎「少年」で、「尿」を「urine」と言ってたり*1 )。書かれている内容によりけりで意図は一つじゃないだろうけど、外国語で当局の目をさらっと誤魔化す、検閲逃れの手段だったのかもしれなかったわけね。そういうのが感じ取れないって、気楽というか、言論規制や検閲の歴史を知らないせいだなと思った。)

  

56章のうち、城氏は、「同性愛関係書・同性愛文献」(pp.193-202.)の1章ももうけている。取り上げられている作品は4作。

  

紅夢楼主人『美少年論――同性色情史』(雅俗文庫、明治44)

花房四郎(中野正人)『男色考』(文芸資料研究会編集部、昭和3)

同『同性愛の諸々相』(文芸市場社、昭和4)

綿貫六助の男色小説(『変態資料』昭和3)

  

うち最初の3作は、古川誠・赤枝香奈子(編・解説)『同性愛関連文献集成 全3巻』富士出版、2006、第1、2巻で復刻されている。

http://www.fujishuppan.co.jp/kindaishi/douseiai.htm

(僕は持ってないので、読んでないけれど)

  

発禁処分を受けたのが4作だけ?城氏のコレクションにあるのがこの4作?ちょっとよく分からないのだが。

明治期以降、西洋の性科学の影響や近代のジェンダーセクシュアリティ観の変質のもと、「同性愛」について語る本や文学が次々と現れたーそしてそれが、現代につながる「同性愛」認識を作り上げていったーということは何となく知っていたが、そうした出版は、「検閲」とはどういう関係にあったのか。

  

ということを考えるべきところなのだが、とりあえずその本がどんな本だったかということに、関心が向く。

   

紅夢楼主人『美少年論――同性色情史』(雅俗文庫、明治44)

城氏の言に従えば、「最初の筆禍」を受けた同性愛文献らしい。

作者の素性は不明だが、出版社はあの宮武外骨の社名。「紅夢楼主人」ももしかしたら宮武外骨の筆名かもしれない、と筆者は推測している。

「同性色情」は、「同性愛」という訳語が大正期に流布する前のhomosexualityの訳語のひとつだ。

  

内容は

書名どおり男色論で、欧州では峻烈な鶏姦罪があるが、日本改正刑法では男色罪を規定していない。しかしその道徳上の責任は買娼、畜妾、野合の罪と径庭なし、というのが論者のマクラで、以下、男色の発生動機、その一般的特性から、東西各国の鶏姦史に筆を及んだものです。威風地を払うような文章でガクガクの論述が展開されています

  

同性愛関係書・同性愛文献」p.194.

  

「鶏姦罪」の話から入っているのが興味深い。

日本で鶏姦罪が施行されたのは、明治刑法制定までの1873−1982年(明治6−15)の約8年間。鶏姦罪が撤廃された背景には、近代法制度整備のためフランスから招聘されたボアソナードの助言があったという(フランスでは「ソドミー法」は1791年刑法以来撤廃されていた)。じゃあこのとき明治政府法律顧問が英国ドイツから来ていたら話は違ってたかもしれないと思うと、日本の運の良さを感じるのだが、しかし前川直哉さんの論文によると、清朝中国刑法を範に導入された鶏姦罪の明治刑法からの削除にあたり、ボアソナードは「鶏姦を犯した者は、法律によらずとも人民間において十分な社会的制裁を受けるため、刑法で処罰対象とする必要はない」と提言したそうで、同性間関係が社会的に否認されることを当然の前提として話が進められていたのだな、と思わされる。

そうしたニュアンスは、『美少年論』の前置きにもうかがわれる(世間向けの体裁を繕った、ただのエクスキューズの可能性もあるが)。

  

「威風地を払うような文章でガクガクの論述」ってどんなことを言ってるのか、全体の論調は本を読んでみなければ分からないのだけれど、城氏はこんな箇所を一例に引用している。

 

男色者の代表する色情的方面は、情に屈し、恋に関する系統に非ずして、実に慾、即ち猛烈なる肉慾の部分に属するもの也・・・(例一)彼は中夜眠覚めて、色情の勃発に煩悶せり、其傍らに一少年あり、衾を並列して臥す、衾は捲くれ、寝衣は解けて、片足をベッドの側に露はすを見るに、白く滑らかにして、嬌柔女性のものの如し、玆に於て、意気更に勃発抑ゆべからず、遂に之を呼び覚し、切情を語りて之を挑むや、彼れ愕然として逃避せんとせり、而して傍ら幸に人なし、彼は再三勧説し、果ては威嚇圧伏して、遂に其望を達せり

  

なんか、たしかに「威風地を払う」名調子ではある。が、「男色者の代表する色情的方面」が「実に慾、即ち猛烈なる肉慾の部分」って、なんなんだ。「情に屈し、恋に関する系統に非ず」って断言されても、「男色家」に対してはその「系統」を表に出すことが認められていなかったからじゃないのか。見えないからって、「非ず」と断言されても。

「肉慾」より「情」や「恋」が上であるかのような考えかたは鬱陶しいし、「実に慾」をサックリ肯定できるセックスカルチャーはむしろすごく好きなんだけれど、それは別に自制できずに人を襲うというのとは全然違う。「同性愛者に襲われる~!」という神話は、明治44年にまで遡って根深いのかなと思わされる。

  

花房四郎(中野正人)『男色考』(文芸資料研究会編集部、昭和3)

  

「第二の筆禍同性愛文献」(検閲史上第2のって意味なのか、城市郎コレクションでってことなのか、分からないんだけど)は、昭和に飛んで花房四郎(中野正人)の2作品。

中野正人が昭和初期の艶本出版史でどういう位置を占めた人物かってことは、城氏が熱っぽく語っている。ウェブ上では七面堂究斎氏の「閑話究題 ×××文学の館」(地下本研究の、すごいサイト)「地下本基礎講座」で詳しく知ることができる。

http://www.kanwa.jp/xxbungaku/Lecture/Lect03.htm

  

紅夢楼主人著『美少年論』に負う所が多いようですが、古今集から松帆物語、末摘花、西鶴男色大鑑といった文献からアレンジして、戦国時代衆道歌舞伎役者と男色趣味、陰間茶屋などの由来について、大系的考察を加えたもの

  

同性愛関係書・同性愛文献」p.194.

  

ということは、『美少年論』と同じ傾向の本らしい。

だが、「男色」(女性の親密な関係もそうだが)を語るとき、とたんに文化人類学的というか標本収集的というか、結局のところ同性間性関係を「外部」から興味深げに眺めコレクションする視線になるのは、なぜなんだろうな、ということも、漠然と思う。

  

現代でも「同性愛」というとすぐ条件反射的に「日本では昔から仏教の稚児愛が云々」「戦国時代衆道が云々」という発言が出ることはおなじみだ。「同性愛」というとそれに類例する歴史の事例をまくし立てて(だがそれが「男性同性愛」に限られていることに気づかない人も多い)、日本社会が(西洋社会と比べ)同性愛嫌悪を免れているかのような構図を作り出したがる言説が、どのように作られてきたのか(歴史に関する一見客観的な言説も、案外歴史的に作られてきたのかもしれない)、考える余地があるかもしれないなと、ときどき考える。

  

同性愛の種々相』(文芸市場社、昭和4)

もう一つ、筆禍に遭った花房四郎の仕事は、女性同性愛に関するもの。

城氏は、アルベルト・モル『同性愛研究』の抄訳(というか、「部分部分を勝手に抜き出して組みたてるポンコツ屋的解体翻訳」)に同定している。

   

アルベルト・モルAlbert Moll (1862–1939)はマグヌス・ヒルシュフェルトと同時代に活躍したドイツ性科学の創始者の1人。

http://en.wikipedia.org/wiki/Albert_Moll

http://de.wikipedia.org/wiki/Albert_Moll

http://www2.hu-berlin.de/sexology/GESUND/ARCHIV/MOLL.HTM

http://www2.hu-berlin.de/sexology/GESUND/ARCHIV/SEN/CH17.HTM#b12-MOLL,%20ALBERT

 

  

しかし自身同性愛者として同性愛者の擁護に尽力したヒルシュフェルトとは対立関係にあり、同性愛を病気と断定してセラピーを推奨し、同性愛の社会的・法的容認には反対の立場を取っていたらしい。

  

彼の著書『同性愛研究』とは、Die Konträre Sexualempfindug(1891)のことだろうか?

http://www.schwulencity.de/mollkontraeresexualempfindung.html

邦訳では、戦後にアルベルト・モル/上月駿哉『同性愛』(東京ライフ社、1958年)が見つかる。

asin:B000JAW0JA

同じ本かどうか見てみないと分からないけれど、すくなくともこの人の仕事が戦後まで科学的同性愛研究として受け入れられたということなんだろう。

  

同性愛の種々相』は、

そのセルフ・サービスにおける最高の湿原地帯はどこに存するのか、といったことに始まり、その欲望において恒なき女性には、同じセックスにしか興味を示さない先天的なトリバード、異性に対してしびれることも勿論である偶発的なサッフィスト、この二種類がある、といった立論がしかれます。以下、女性の同棲生活、トリバードにおける男性的要素、フェラトリー、女子の色情過度など、しめて十一章です。

  

…特殊の娼家に於ては、女票客の婦人連が彼女たち自身の惜愛してゐる肉体美の鑑賞を行ひ、賞を賭けてその競争を行ふのである。さうした行事の結果として彼女たちを駆つてトリバデイズムへ赴かしめてゐることは亦自然の勢である。先天的な性的欠陥によるサツフイストでない若い女たちは、サツフイスムの房事に対して最初のうちはある嫌悪の情を示し、それを行うふことを拒むものである。しかし大多数の者は故意に酒を盛られて泥酔状態に陥れられる結果として大抵屈服してしまったのである

 この引用では全貌をうかがえないかと思いますが、内容は医学研究的にかなり直裁です。

  

同性愛関係書・同性愛文献」pp.198-199.

  

城氏は「なかなかに首尾一貫した同性愛論です」と評しているが、少なくとも上記の引用箇所からは、その女性同性愛関係に対する偏見の根深さに驚かされる。医学がまことしやかに作ってきた女性同性愛像が、露骨にあらわれている。

  

クラフト=エービングは同性愛を進行する病のように捉えたが、それが「真の同性愛」か「仮の同性愛」かということは、こと女性同性愛に関して大きな関心事項となったらしい。

それは、女性のジェンダーセクシュアリティに対する、近代的な管理のシステムと関わっている。

近代社会が女性に求めた役割とは、異性愛家族で妻、母になることだった。自由な恋愛はもちろん、男性に対し女性が性的主体であることが想定されない社会では、結婚まで女性が女性と親密な関係を結ぶことは「友情」に留まる限り許容されたが(アメリカで女性同士の「ロマンティックな友情」が異性愛体制を補完する役割を果たしたように)、それは女性にしか関心を持たない「同性愛者」とは違うのだ、ということが執拗なぐらい強調された。日本で家族や性が近代化されてゆくなかで、「社会問題」として注目を浴びた「同性愛」は実は女性同性愛だったが、それは同性愛嫌悪というより、女性のセクシュアリティを統制しようとする欲望が働いていたと言うべきなのだろう。

  

同性愛の種々相』の引用箇所には、「真の同性愛=トリバデイズム」「仮の同性愛=先天的な性的欠陥によるのではないサツフイスム」という分類に加え、後者が同性愛関係を持つのはトリバードにレイプされるからだ、という偏見の上塗りまでついている。「同性愛者に襲われる〜」女性版である。

城市郎氏がわざとそういうエグい箇所を引用してきたのかもしれず、原典を読まずに判断してはいけないが。

しかし、女性同士の親密な関係を「思春期の一過性のもの」「男を知れば変わるもの」として「レズビアンではない女性同士のロマンティックな関係」をもてはやしたり、逆に「真性」レズビアン異性愛女性をレイプするセックス・モンスターとして描いたり、というのは、今でも珍しくないことじゃないだろうか。

「舶来」の理論を吸収しながら、日本社会の女性同性愛イメージがどんなふうに作られてきたのか、窺い知ることができる一節だ。

  

綿貫六助の男色小説

最後に紹介されているこの作品は、個人的にちょっと面白い。

前3作品が人類学的・医学的に外部から「同性愛」を観察しているのに対し、これは言わば自分が求める欲望の表現としての男性同性愛表象だからだ。

   

綿貫六助という作家を僕は知らなかったのだけれど、検索すると

1880. 4. 8(明治13)生

1946.12.19(昭和21)没

小説家・評論家。群馬県生れ。

陸軍士官学校を卒業後、日露戦争に従軍。

1918(大正 7)早稲田大学英文科卒業。

1924. 5.(大正13)長編小説『戦争』を発表。

http://fine-vn.com/cat_53/ent_58.html

というデータが出てくる。

   

『戦争』聚芳閣、大正13

『探偵将軍明石元二郎 日露戦争牒報秘史』河出書房、昭和12 (なんかこれ、読んでみたいな)

『霊肉を凝視めて』(短編集)自然社、大正12

  

などの作品があり、群馬県出身の作家としての評価も受けているようだ。

ここでの関心は、彼が残した同性愛小説なのだけれど。近代文学史でホモエロティシズム表現を残した有名な男性作家が、たいていの場合その実際のセクシュアリティがどうだったのかってことについては沈黙が守られている(結構いろんなエピソードは知られているんだけれど)のに対し、この人は見事隠れなき同性愛者だったらしい。

  

彼は陸軍教導団を出て陸軍大尉にまでなった人です。職業軍人を首切られて―-その理由は分かりませんが、連隊旗手をやっていた時分、老連隊長と契りを結び、連隊長が美少年従卒をひきずりこんで彼をシャットアウトしたことから嫉妬して、英式ピストルをもって連隊長を射殺しようとした、と彼は回想しています―-早稲田文学部にはいり、広津和郎三上於菟吉らと机を並べていたこともあり、長編『戦争』で文壇に異才を認められた作家です。

 古い記録(『談奇党』第三号・昭和六)でも、後生大事に陸軍にいれば今頃大佐か少将にはなっていた、また『戦争』を出発点に精進しておれば文壇の大家にもなれたが、薩摩ッポでもないのに、若い時からどうしたことか男色常習者で、そのため没落の生活を送っている、と評されたくらいです。

  

同性愛関係書・同性愛文献」pp.199-200.

  

城氏の筆がそう見せるのかもしれないが、なんか、すがすがしいオトコ好きっぷりにココロが揺さぶられる (英式ピストル持ち出すのはどうかと思うが)。

あと、この人、徹底して老専らしい。

紹介されているのはエログロ雑誌『変態資料』に昭和3年に掲載された小説だが、そのあらすじは

前半分が温泉宿などで見初めた何人かの爺さんとの交渉の回想、後半が自家にひきとった爺さんとの交遊・交情記です。

(略)

 小説の主人公は綿貫六助という作家で、彼は兵さん[エッチした60歳の農夫]より十二若く、従って四十過ぎだというのに兵さんが女どもに口をきいたりすると、この初老の主人公は身をよじって嫉妬する始末です。

 小説の後半の相手は、作者が十年前に契ったことがある牧場の爺さんで、再会してみると、耄碌していて、爺さんをよそに通じた老妻と娘婿、この二人に下男同様の扱いを受けています。

 “原稿売れの渉らぬ下層作家”である作者は、生活不如意のなかで、爺さんへの恋慕と憐れみから、彼を引きとって同棲し、傍ら訴訟を起して爺さんを虐待した二人の不義者に制裁を加える、という筋で、折よく作者の妻君は愛想づかしをして家出をしていますが、二人の大きな息子は残っているその家で、作者と爺さんの細やかな交情が営まれるわけです。

  

いろいろ突っ込みどころはあるが(妻が「折よく愛想づかし」って、なんだ)、近・現代の有名どころの男性同性愛文学の多くが懐古的、「異端」や「逸脱」の美学的領域に逃げ込んだのに対し、直球でタイプの男に欲情しながらヌケヌケと生きている感じになんだか魅力を感じる。

   

城氏はなぜか作品タイトルを上げていない。

『変態資料』については「閑話究題×××文学の館」が総目次も詳しく教えてくれるけれど、

http://www.kanwa.jp/xxbungaku/Magazine/Shiryo/Shiryo.htm

綿貫六助の作品は

「晩秋の懊惱」3巻1号(昭和3)

「慘めな人たち」3巻2号(〃)

「丘の上の家」3巻3号(〃)

「静かなる復讐」3巻4号(〃)

http://www.kanwa.jp/xxbungaku/Magazine/Shiryo/Shiryo3X.htm

 

の4題。

  

『変態資料』は『近代日本のセクシュアリティ』を刊行しているゆまに書房から復刻が出ているし、

http://www.yumani.co.jp/np/isbn/4843321869

  

「晩秋の懊悩」「丘の上の家」は『近代日本のセクシュアリティ 第35巻―アンソロジー 文藝作品に描かれた同性愛』に収録されている。

http://www.yumani.co.jp/np/isbn/9784843332078

  

(馬鹿高くてとても手が出る本じゃないが、)読もうと思えば読めるわけだ。

 

*1飲尿プレイ描写。「少年」1911年(明治44)の作だから、その当時の検閲が昭和期ほど基準不明の凄まじいものだったのか分からないけれど。

島村輝島村輝2016/04/01 13:11『変態・資料』の復刻を手掛けた、島村と申します。綿貫六助は、セクシャリティーの点以外でも、いろいろ面白い個性ある作家で、今日もっと知られてほしいと思います。取り上げていただき、ありがとうございました。