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Ry0TAの日記

2009-06-15

堀江有里「キリスト教における「性的指向」概念援用の陥穽―「承認」を求める運動戦略への批判的考察―」(学会発表)

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宗教と社会」学会第17回学術大会(2009年6月6日(土)、7日(日)@創価大学)で、堀江有里さんが発表されたと、「群青 Blog版」で知る。

堀江有里「キリスト教における「性的指向」概念援用の陥穽―「承認」を求める運動戦略への批判的考察―」

  

学会大会のブログダウンロードできる要旨集で、要旨を読むことができる。

大会プログラム配布-「宗教と社会」学会第17回学術大会

http://jasrs.seesaa.net/article/118794581.html

  

興味深い部分を、一部引用させていただく(いいのか分からないが)。

とくに1980年代以降、キリスト教においては、一方では北米を中心に同性愛者排除の言説が強くなるとともに、他方では、同性愛者たちによる対抗手段として「承認」や「受容」を生み出すための当事者運動が広がってきた。後者は、同性愛者当事者のみならず、同性愛者の子どもをもつ親や友人たちなど、いわゆる「支援者」たちを巻き込んでの運動を展開している。

  

ここで注目したいのは、対抗手段として用いられる「承認」や「受容」を生み出すための振る舞いとその言説である。一例を挙げれば、「性的指向(sexual orientation)」という概念の使用がある。同性愛者は、性的な「趣味・嗜好」や「選好」(sexual preference)として認識されることによって、スティグマが付与され、「治療」の対象とされた時期があった。そのような認識に対し、「同性愛者であること」を変更不可能もしくは困難なものであると主張するために、「性的指向」という概念が援用されることとなった。たとえば、いわゆる一般社会におけるゲイ解放運動では、「性的指向」概念は、同性愛異性愛とも社会構築的な要素を強調するために「発明」された概念であったが、それがキリスト教において援用されるときに、“神に与えられたもの”として解釈され、変更不可能性もしくは困難が強調されていく傾向を生み出すこととなった。

  

言葉やその定義は、文脈によって変化しうるものである。しかし、このような変化が生み出されたがために、「アイデンティティ」を軸とした政治/運動は、さらに限界を露呈することとなったとも解釈することができる。このような事例の文脈を丁寧に読み解くことにより、あらたな「アイデンティティ」を軸とした政治/運動の可能性を模索したい。