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Ry0TAの日記

2009-06-12

開いている「闇」と閉じた「光」(梁石日)

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梁石日祭り、続行中。1995年と2000年の、ふっるい対談を引っ張り出して読み比べると、梁石日が考えていることの一貫性を感じる。

  

1995年の、梁石日鵜飼哲の対談。

  

梁 ヨーロッパ的な闇というのがあるんですよ。日本の闇というか文学にしろ詩にしろいろんなものにそういうものが出てくるんですけど、これまた日本的な闇だと思いますね。ただそれがヨーロッパ的な闇みたいなものと日本的な闇みたいなものがどこかで交歓しているような気がするんです。日本の戦後文学でも、花田清輝とか、澁澤龍彦なんかの作品を読んでいると、そういうヨーロッパ的な闇みたいなのがしきりに出てくるわけです。そういう影響がかなりある。闇というのはなんか怪奇なものとか、そういうものを感じるわけです。だけど本来闇というのはそんなものじゃない。闇というのは例えば、「不法就労者」、この言葉自体も僕はいやなんですけど、フィリピンとかバングラディシュとかから来るわけですね。とくに一時期フィリピンから来て夜の商売に入っていく。そしていわば闇の世界に生きていくわけですけど。闇というか影にいると光にいる人間がすごくよく見える。ところが光の中にいる人間には闇のなかの人間は見えないんです。そういう関係だと思うんです。つまり光の中の人間は闇の中の人間が見えないから、また見ようともしない。だけどこっちにいる人間はいやおうなく光のなかの人間が見えてしまう。そういう関係がずっと続いてきたと思うんです。本来闇のなかの人間を見なきゃならなかったのにね、つまり本来持っていた闇の中に生きている人間を、日本の作家は思想的な次元でもそこに生きている人間を見ようとしなかったんですよ。つまり闇の世界というのはもっと別のもの、一種の異界性みたいなもの、別の怪奇なものとか、そういう感じですね。そういうふうに闇というものをとらえると、本当に闇の中に生きている人間の実態が絶対わからない。だから結局のところ描けなかったんですよ。本当のところ闇の世界に生きている人間を描いていると、それこそ世界のあらゆるところで紛争が起こっていて、難民が流出していて飢餓が蔓延していて、人が日常的にどんどん亡くなっていく,死体が腐っていく。そういうイメージを当然持たなきゃならないと思うんです。ところが日本の小説家はそういうイメージを内に抱えていない。

  

鵜飼 内に抱えていないから外に探しに行くという形になるわけですね。

  

梁 もう一つは日本文学の中に抱えているものは、そういう闇じゃないんです。もっと別のものです。それは別の闇もありますよ。例えば男女の闇、人間関係の闇もあるでしょ。だけどそういうところへどんどん集約されてしまう。

  

鵜飼 日本の闇というのは自閉的な感じがするんですね。

  

梁 外へ開いていかない。

  

  

梁 そうですか。光のなかにいる人間も自分の内部に闇を抱えているんですよね。自分が抱えている闇みたいなものを、どういう闇であったかミクロな次元だけじゃなくってマクロな次元へ持って行かないと具合が悪いと思うんです。それはなにか自分の個人的な闇じゃなくって,大きな一つの闇の中に関係しているんだという観点を持たないと非常に個人的悩みに終わってしまう。

  

梁石日鵜飼哲「この闇を見つめざるもの未来を語るなかれ」『インパクション』「特集・在日「外国人」の半世紀」92 (1995), pp. 13-14.

  

2000年の『ユリイカ梁石日特集、梁石日と金石範の対談。

梁 [純文学は]私小説が主流ですから。私小説というのは、何か井戸を掘るような感じがあるんですよね。自我というものをどんどん掘り下げていくところがあって、それはある有効性を持っていることは間違いないんですが、純文学私小説を読んでいると、秘奥に些末な日常雑記のような文章も多くて、自分と「世界」が向き合う関係性がどこかでなくなっていく。日本文学そのもののパイが狭くなっている。そうするとどうなるか。「文学」というのは、何も文学だけが別に成立しているわけではなくて、それこそ日本という全体の一部であるわけだから、日本の全体的な自我を端的に表しているのではないか。つまり,ある意味で排他的なところがある。

  

金 うむ。

  

梁 他者とあまり向き合おうとしない。世界とあまり向き合おうとしない、というところがある。

  

金 それは昔からそうだね。今でも直っていないのか(苦笑)。

  

ユリイカ』2000年12号「特集・梁石日梁石日・金石範「『血と骨』の超越性をめぐって」p. 68.

  

たぶん、梁石日が考える「闇」は、日本社会の表面的な秩序から外れたアウトローの世界だ。が、それはさまざまな「外国人」たちが生きる場所でもあり、そこを通して日本がアジアへ,世界へ連動している場でさえある。不法とはいえ法のさまざまな操作によって、「闇」の利益は日本社会の中に吸い上げられる。しかし、そのような日本とアジアの関係を、日本人は「異界」「なにか怪奇なもの」「内にはないもの」としか見てこれなかった。

  

なんだかこれは、坂本順治監督の映画『闇の子供たち』と梁石日の原作を見比べたときの違和感に通じるかもしれない。

  

坂本順治の映画は日本人の南部を主人公にし、タイの児童人身売買・臓器売買を追求してゆく彼自身がゲイ小児性愛者でタイの少年を買った経験があったこと、その罪の意識から自殺するというオリジナルの設定と結末を付け加えた。そうすることで、日本人の意識にショックを与え、リアルにタイの人身売買問題にリンクさせようとしていたのだと思う。

しかしそうまでしなければ日本人がタイの児童人身売買の問題にコミット(行動にいたらなくとも、問題意識の上だけでも)を想像できないということが、問題だったのではないか。

梁石日の原作では、南部浩行の「衝撃の素顔」は、まったく別のところにあった。

まるで命令調だったが、「この国の子供たちのことは、この国の人間が解決するしかない。君は所詮、この国では外国人なんだ」という南部浩行の言葉に音羽恵子は愕然とした。無意識に出た言葉とはいえ、その言葉の中に南部浩行の本音が隠されていた。

  

豪放磊落な男だと思っていた南部浩行の顔が急にエゴイズムの塊のように見えた。「君は所詮,この国では外国人なんだ」という言葉を裏返せば、日本にいる外国人は所詮,日本人とはちがうのだという排他的な感情にほかならなかった。南部浩行にとって、この国のことは無関係だったのだ。取材をして日本へ帰り、記事を書いてしまえば、すべては一過性の出来事として無化されるだろう。心強い先輩としてひそかに憧れていた南部浩行だったが、音羽恵子は失望した。これが一流新聞社のエリート記者だろうか。

  

梁石日闇の子供たち』(幻冬社文庫), p.469.

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