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Ry0TAの日記

2009-06-10

誰もしていない朝鮮人差別・部落差別(金時鐘)

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最近、梁石日の本をやたらに読み返している。といっても僕は梁石日の作品をごく一部しか読んでいないし、彼の作品に一貫する「在日」というテーマを、どこまで理解できているか分からない。「光」の中にいると「闇」の中が見えず、「闇」の中からは「光」の中にいる人間たちがよく見える、日本の在日問題を例えて彼は語っているが、まさに「闇」の中も見えなければ「闇」の中の人たちには見えている自分自身の姿も分からず戸惑っているのが日本人の僕だ。が、ときどき、闇の中から見える僕自身の姿、「在日」の問題を生み出す「日本人」のありようについてのイメージを、具体的に掌に置いて握らされるような表現に出会い、ハッとする。

(とはいえ、そういうイメージを与えてくれる著書はべつに梁石日に限らず数多くあるはずで、僕が真剣に学ぼうとしていないだけだ。)

  

これは梁石日ではなく、彼の数十年に及ぶ師であり畏友である詩人金時鐘の言葉だが。日本人が「朝鮮人差別しているのか?」と問われて戸惑うとき、その目に見えていない差別のありようのことを、鋭く語っている。

『闇の想像力』の対談から引用しておく(pp. 205-6.)。

  

金 差別がひどいというのは、日常不断にくり返されていることで、日本の広い市民感覚の中では,自分が差別をしているという意識を持つ人はほとんどいない。現実に自分が悪口を言うこともないだろうし。朝鮮人とつき合うこともないのだから、身近にそういう人たちと接してないから、したがって悪口も出るわけもないんだな。そういう感覚の中では,自分がいけないことをしているとか、人の道にもとるようなことをしているとは、少しも思っていないわけでね。それでいて、差別される人たちは厳然と存在するわけです。それは、図式的には特定の誰かがする差別ではない、そういう差別をしたことはないと思っている人たちは、部落とか朝鮮の人とつき合うかというとつき合わずに、いつも遠巻きにしているんだよ。遠くから見て、遠巻きに、接することなく、そこには歴然とへだたっている空間があるわけだ。遠巻きにすることによって、部落とか朝鮮は市民生活の中で非常に押し込められてしまう。どんなに自分たちの生活の余力がつこうと、市民の中に塀みたいに掘りめぐらされた市民意識があるんです。それで、特定の誰かが差別するのではないのに、現実には、差別を被る人は依然としてあるし、差別に晒される。虐げを被る側は具体的に醜くなる。容姿、言辞、振る舞いー全部、市民感覚が眉を顰めるようなことなんだ。そういうことを意に介するようでは、生活をやっていけないから、他人の顰蹙を買うことを気にかけなくなってくる。そんなの構っていられないわけだ。その分、より醜く見えて、より遠巻きにされるという、こういう構造が、今,生活できるようになっているとはいえ、基本的に改まってないんだ。関わりを持たない人たちの意識によって,私たちはいつも区切られているわけだな。

  

もうひとつ、『闇の想像力』「否定の同時性と言葉」のなかに、金時鐘の『「在日」のはざまで』から引用された文章(PP. 41-44.)があまりに圧倒的だったので、孫引きする。なにが、なぜ圧倒的なのか、まだ理解できていないのだが、とりあえず書き留めておいて、反芻したい。

  

梁石日による説明。

彼は40歳を過ぎてから兵庫県の「湊川高校」夜学の専任教師となった。「湊川高校」は在日朝鮮人子弟や部落の子弟や各高校のいわゆる落ちこぼれ子弟たちが多く、その子弟たちに「朝鮮語」を教えるために教師になったのだ。これは差別をなくすための学校の方針であったが、講堂で就任挨拶に立ったとき、金時鐘は部落の子弟たちあKら「チョーセン帰れ」と面罵され、椅子を振り上げるもの、壇上に詰めよるもの、胸倉を掴まえて引きずり下ろそうとするもの、それらの部落の子弟たちに金時鐘はなす術もなく立ちつくしたのだった。それから一年半にわたって、そうした子弟たちとの葛藤が続いたのである。

  

 その彼らが、「朝鮮語」開講一年有余を経て、なお山羊のような目で問い返してきている。「なんでせんならんね?」

 やはり答えねばならぬのだろうか。

  

・・・・・・・

  

 君らの問いには直接の答えにならないかもしれないが、これから話すことも含めて、「朝鮮語」が持ち込まれていることは知ってほしいのだ。

  

 あの騒ぎのあと、密室のような朝問研の部屋で一人泣きじゃくっていた、朝鮮の友達がいたことを君は知るまい。ましてや、君から認められた「金[時鐘]の根性」のささえが何であったのかは、知るよしもないことだ。正直に言おう。私に勇気があって、その場を耐えたのではない。しいたげられてきた者のひとりとして、本当におこったときの怒りが何であるかを、私は知っていただけなのだ。

  

 君たちのあれは怒りではない。虚勢だ。その程度の虚勢で「朝鮮語」が追いたてられてたまるか!

 

 ましてや部落の君たちと朝鮮人の私とでは、怒りあう仲ではさらさらないのだ。私のがんばった理由は一つだ。再度「朝鮮語」をはずかしめる側の「日本人」に、君達を入れてはならなかったのだ。

  

 帰りみち、くぐもった声がしたので朝問研の扉をあけた。当時四年生だったK君が肩をふるわせて泣いていた。彼は私を見るや、狂ったようにとびかかり、

「なんでさらしものになんのや!」

といって、私の胸を叩きつづけた。子供のような泣きじゃくりであった。いわれのない涙が流れるときだって、人にはあるものだ。Kを抱いたまま私は何も言わなかった。とめどもなく溢れるものを拭きもしなかった。さらしものになっているのではない。さらさねばならないことをさらしあっているのだ。

ゆんゆんゆんゆん2009/06/11 11:40こんにちは。
蛇足ですが、ルター派の教会で最初の女性bishopはドイツ北エルベ教区のMaria Jepsenさんだそうです(1992年就任)。
http://en.wikipedia.org/wiki/Maria_Jepsen
英語の記事なので少々情報量が少ないですが。
ルター派教会はカトリックより地域色が強く、教区ごとに微妙に方針が違ったりするそうです。
また、歴史的な成り立ちからして、アングリカンとルター派は全く別物として考えたほうがいいと思います(むしろカトリックに近いかもしれない)。

Ry0TARy0TA2009/06/12 18:05>ゆんゆんさん
ご教示ありがとうございます。スウェーデン教会は女性聖職者按手は早かったといえ、高位聖職の差別撤廃は遅かったということですね。
アングリカン・コミュニオンはカトリックのような教導権と統一の教会法がないため管区単位の自立性が高く、だからこそ女性聖職の実現も可能だったわけですが、メンバー管区には(ヘテロ)セクシズム的社会の伝統が強い管区が少なくないため、近年のコミュニオン分裂問題が起きているようです。あまり詳しく分かりませんが。