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Ry0TAの日記

2009-05-09

「ホモフォビア」概念の成立と問題点(河口和也)

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5月17日IDAHO(国際反ホモフォビアの日)のために。

ホモフォビア」概念の成立と問題点について、基本教科書。

  

クイア・スタディーズ (思考のフロンティア)

クイア・スタディーズ (思考のフロンティア)

  

第1部「レズビアンゲイ・スタディーズからクィア・スタディーズへー欲望の理論と理論の欲望」第2章「レズビアンゲイ・スタディーズ」「4. ホモフォビアヘテロセクシズム」pp. 29-31.

  

 ちょうどアルトマンの著書[『同性愛ー抑圧と解放Homosexual: Oppression and Liberation』1970年代以降の同性愛解放運動の理論的支柱となった著作、詳細は本書pp. 23-29.]刊行の1年後、1972年にジョージ・ワインバーグが『社会と健康な同性愛者Society and the Healthy Homosexual』で「同性愛嫌悪(ホモフォビア)」という概念を提唱した。同じ年、フランスでは、解放主義者であり精神分析学者であるギ・オッカンガムが『ホモセクシュアルな欲望』を世に出し、その冒頭で「問題なのは、同性愛の欲望ではなく、同性愛に対する恐怖なのである。なぜ、その〔同性愛という〕言葉を単に述べることが嫌悪や憎悪の引き金になってしまうのだろう」と述べ、同性愛を忌避し、恐怖・嫌悪する社会の側を問題化した。このように同性愛を抑圧・差別する社会にその原因を求めるようになったのは、解放主義的傾向が強くなった70年代に入ってからの特徴であり、レズビアンゲイ研究にとって、「同性愛嫌悪」という概念を確立したのは、まさにパラダイム転換といってよいほどの変化といえる。このホモフォビア概念は、レズビアンゲイ研究におけるキー概念となった。

  

ホモフォビア」は、心理学起源の養護であり、当初はアゴラフォビアなど他の恐怖症と同じようなものとして示唆されている。こうして同性愛に対する恐怖、態度、あるいは偏見などの問題として位置づけられ、同性愛差別する個人の精神的状態の問題となった。アングロアメリカ社会では、社会的な問題を個人主義的なものとして、心理学的に説明することが行われることが多い。こうした条件下で、ホモフォビアはある種「常識的な」説明として好んで用いられていると考えられる。ホモフォビアは偏見をもった諸個人による合理化できない恐怖心や誤解を意味し、したがって、こうしたホモフォビアを緩和するためには、心理療法や教育に依拠することになる。しかし、このようにホモフォビアをひとつの「病理」として構築することは、同性愛を病理化しないかわりにもうひとつの病気を生み出すことにつながってしまうのだ。それゆえに、ケン・ブラマーは、「それは精神的な疾病を強化しており……女性を無視しており……一般的な性的抑圧から目をそらす働きをし……全体的な問題を個別化してしまっている」と、問題性を指摘し、警鐘を鳴らしている(K. Plummer (ed.), The Making of the Modern Homosexual, Barnes & Nobles, 1981, p. 62.)。また、セリア・キッツィンガーが述べているように、ホモフォビアは「社会の平等主義的規範から逸脱した特殊な諸個人の個人的病理になった、したがって社会制度や社会的組織に根ざした政治的問題としてのわれわれの抑圧の分析を隠蔽してしまっている」という、同性愛差別を社会における構造としてとらえようとするときの隠れ蓑になってしまう危険性も存在するのだ(C. Kitzinger, The Social Construction of Lesbianism, Sage Publications, 1987, p. 154.)。

  

 ホモフォビア心理学のなかで洗練された概念であるとすれば、ヘテロセクシズムは、性差別(セクシズム)と人種差別(レイシズム)を参照し、同性愛異性愛という互いに対立するカテゴリー間の多面的かつ体系的な形式に直面した運動に依拠する社会学的な研究領域から出てきたものである。バリー・アダムによれば、イデオロギー的なものだけではなく、構造化され、制度的かつ物質的なものをめぐる、より社会学的な概念をヘテロセクシズムは提示しているのだ。

  

 ホモフォビアヘテロセクシズムは、由来する学問領域は異なるが、現在ではほぼ同義の概念として流通し、少なくともレズビアンゲイ研究においては、個人主義的な病理というホモフォビアのとらえ方はすでになされていないと言ってもよいだろう。

  

ホモフォビア概念の問題点

ホモフォビア」という心理学由来の概念は、同性愛嫌悪的な感情や態度を個人の病理の問題として捉えることで、社会的・制度的な異性愛中心主義や同性愛差別をむしろ隠蔽してしまうという問題をもつ。

上記引用の末尾で指摘されているように、レズビアンゲイ・スタディーズやヘテロセクシズムの問題に関心を持つ人は、ホモフォビアが「社会の病理」であるという前提を了解しているだろう。だが、「ホモフォビア」という概念をよく知らない人はそうではない。「個人の内面で同性愛を嫌悪しようが、それは自由だ」ということになり、「ホモフォビア批判」は、意味をなさなくなる。

これについては、macskaさんの次のエントリが重要。

フォビアで苦しむのは、フォビアを抱えている当人の側 - *minx* [macska dot org in exile]