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Ry0TAの日記

2009-04-29

ヘテロセクシズム(異性愛主義)、ヘテロノーマティヴィティ(異性愛規範性)についてのメモ

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以下は目測的な覚え書き。あとから

  • 典拠を調べる。
  • 見落とし・偏向を補う。

  

ヘテロセクシズム(異性愛主義)とヘテロノーマティヴィティ(異性愛規範性)

  

encyclopedia of gay, lesbian, bisexual, transgender & queerの用語集から

Heterosexism

ヘテロセクシズムは、「セクシズム(性差別主義)」から展開したもので、異性愛を特権化して、他のセクシュアリティを傷つけ排斥するショービニズム(※極端なナショナリズムや性差別主義。ここでは異性愛の優越に固執する偏向を指すか)を非難して言う言葉である。

Heterosexism, an extension of "sexism," is a pejorative term designating the chauvinism that privileges heterosexuality to the detriment or exclusion of other sexualities.

  

heteronormativity

ヘテロノーマティヴィティは、異性愛と異性愛の規範が普遍的なものであり、少なくとも認めうる条件であるということを前提とする考え方。ヘテロセクシズムと密接にかかわっており、多くの方法で性的少数者に否定的に作用する。異性愛的な要請を満たせない人間を積極的に抑圧し、性的に異なる存在を不可視化する。

Heteronormativity is the assumption that heterosexuality and heterosexual norms are universal or at least the only acceptable conditions. Closely related to heterosexism, heteronormativity negatively affects glbtq people in a host of ways, from actively oppressing those who do not fulfill heterosexual expectations to rendering sexual dissidents invisible.

  

ヘテロセクシズムとヘテロノーマティヴィティは、基本的に同じ社会の権力構造を批判している。

  

ヘテロセクシズムが、異性愛を支配的・中心的セクシュアリティとし、他のセクシュアリティを劣等なものと抑圧する権力関係を強調しているのに対し、

  

ヘテロノーマティヴィティは、社会におけるジェンダー・セクシュアリティの「規範」が及ぼす影響力に着目し、「(規範的)異性愛=普遍」という規範を再生産し続けるために、そこから逸脱するジェンダー・セクシュアリティを周縁化する(または、「(規範的)異性愛=普遍・自然」のドグマを正当化するために、周縁的ジェンダー・セクシュアリティを有徴的存在として作り出す)システムを指摘する。

  

(↑ ※要典拠)

  

ヘテロセクシズム

  

  • ヘテロセクシズム(異性愛主義)は、当たり前だがヘテロセクシュアリティ(異性愛)・ヘテロセクシュアル(異性愛者)とは違う。ヘテロセクシストでないヘテロセクシュアルはいくらでもいる。が、現代社会では、誰もが(異性愛者も非異性愛者も)ヘテロセクシズムの構造の中に巻き込まれている。

  

  • ヘテロセクシズムが想定する「異性愛」とは、「男女が性的に欲求しあい(番になって再生産する)」「規範的異性愛」である。

  

  • 「規範的異性愛」は、「男/女」の性別二元的ジェンダー規範を前提にしている。現社会のジェンダー規範は性差別的であり、ヘテロセクシズムは必然的に女性差別と女性蔑視を伴う。

  

  • 竹村和子は、異性愛主義であるとともに性差別主義である社会の仕組みのことを、「(ヘテロ)セクシズム」と名づけている。ここでは、異性愛/同性愛の二項対立的なカテゴリが、男性/女性という二項対立的なカテゴリと関連づけられて、組織化されている。

  

  • つまり、ヘテロセクシズムにおいて、規範的異性愛(正しいセクシュアリティ)からの逸脱は、「正しいジェンダー」(ジェンダー規範、当然女性差別的であり、特権的地位に置かれる男性にもしばしば抑圧的)からの逸脱として捉えられる。ゲイが「女性的」(またはマッチョな「アニキ」という、いずれにせよ「平均的男性イメージ」から外れた姿)、レズビアンが「男性的」または「(男を受けいれられない)不完全な女」としてステレオタイプ化されるのは、そのためである。

  

(↑ ※要典拠)

  

ヘテロノーマティヴィティ

  

  • 1990年代、クィア理論の主要概念の1つとして生み出される。  
    • 「ヘテロセクシズム」に対する批判が、自ら「異性愛/同性愛」の二項対立に陥り、性別二元論に基づく二元的セクシュアリティを固定してしまったことを批判する。(たぶん。← ※要典拠)

  

  • ヘテロノーマティヴィティは、「異性愛/同性愛」という二元的な分類がなぜ生まれるのかという「規範」のシステムを問う。

  

  • ヘテロノーマティヴな社会は、「異性愛」を「普遍的」で「自然」なものと規範化するために、さまざまな科学的、倫理的言説を動員する。そのために、対置される「不自然」なものとして、「同性愛」やその他の「性的倒錯」が、「異性愛」の外部に作り出される。
    • 例えば、個々の人間のセクシュアリティは実際には多様であり、「異性に惹かれる」「同性に惹かれる」で分けられるものではない。が、ヘテロノーマティヴィティは、「(規範的)異性愛」に「正しさ・自然さ」を与えるために、「異性愛」と「それ以外」を切り分ける。「異性愛」が人間のセクシュアリティの標準と看做され、それ以外のセクシュアリティは不可視化→隠蔽→クローゼット化される。

  

  • ヘテロノーマティヴ社会が標準化する「異性愛規範」とは、「その社会で規範的とされる異性愛」である。その規範に適応できないものは、むろん「異性愛者」だろうと、周縁化され、疎外される。

  

  • 「異性愛規範」の前提にあるのは、もちろん性別二元論に基づく「ジェンダー規範」である。だから「異性愛規範」は、女性差別・女性嫌悪をはらむ。

  

  • バトラーは、人間のジェンダー、「自然(生物学的)」とされるセックスも、実際には規範によって作られるもの、ジェンダーの規範の果てしない引用・反復によってなりたつものと看做す。人間は、ジェンダーの諸規範を参照し、引用・反復し続けることで、はじめて「男」「女」というジェンダー的存在でありうる。ヘテロノーマティヴなジェンダー規範は、セックス/ジェンダー/セクシュアリティの一貫性を要請している。セックス/ジェンダーの不一致(トランスジェンダー)や、ジェンダー/セクシュアリティの不一致(非異性愛者)は、異性愛規範から脱落し周縁化される(そしてまた「同性愛」「トランスジェンダー」という規範的言説に回収される)。

  

  • 規範の果てしない反復によって維持されるヘテロノーマティヴ社会の構造は、単純な権力関係、優劣関係ではない。「自然」という言説で固められ、規範に適応すれば善しとされ「幸せ」と評価され、逸脱すれば何らかの社会的制裁を受けるか、不安や欠落感にさいなまれる。相互監視システムのようなものに近い。

  

(↑ ※大丈夫か?要典拠)