Hatena::Groupqueeringme

Ry0TAの日記

2010-03-12

サーチナ「中国人口学者の推論「一人っ子政策が同性愛者を増やした」?」の記事について、メモ

| サーチナ「中国人口学者の推論「一人っ子政策が同性愛者を増やした」?」の記事について、メモ - Ry0TAの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - サーチナ「中国人口学者の推論「一人っ子政策が同性愛者を増やした」?」の記事について、メモ - Ry0TAの日記

中国人口学者の推論「一人っ子政策同性愛者を増やした」?—サーチナ(2010年3月11日)

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0311&f=national_0311_045.shtml

  

Yahoo!ニュースでの転載

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100311-00000073-scn-cn

  

驚くようなトンデモ推論なのだが、ここで気になるのは、人口学者・何亚福氏の推論の内容だけではない。

サーチナの記事(編集担当:金田知子氏)の発信のしかただ。

  

漢語メディア中国関連情報を発信するネットメディアについて無知なので限界はあるが、この記事の背景を、少し調べる努力をしてみる。

(ただし、ざっと、取り急ぎの作業だ。あとでできればまとめなおすと思う。)

  

  人民網が運営するBBSサイト「強国社区」ではこのほど、中国で開催中の「両会(全国人民代表大会中国政治協商会議)」に合わせ、さまざまな社会問題を提起する「2010E両会」が設けられ、多くの分野の問題について、意見交換がなされている。

  

  中国の人口問題専門家で、自身も同サイトで論評を掲載する何亜福氏はこのほど、同サイト上の「同性愛者の人権問題」について言及する論評に着目。同性愛者がここ30年で急激に増えているとの現況にも触れ、理由が人口抑制政策「計画生育(一人っ子政策)」にあるのではないか、との持論を展開した。

  

まず記事が説明する前提が、(分かる人には分かるのかも知れないが)よく分からない。

  

最初に出てくる「2010E両会」とは、こちらだ。

http://elianghui.people.com.cn/2010/index.html/

よく分からないのだが(もうダメだ)、会員登録をして、様々な議題を提起して意見を述べ、それについて投票したり、コメントしたりする、ネットフォーラムだ。中国語が分かる人は、自分で確認して下さい。

  

何亚福氏は、「強国社区」にも多くの論評を掲載しているが(http://bbs.people.com.cn/quickSearch.do?threadtype=1&field=userNick&op=in&content=何亚福&mysrc.x=30&mysrc.y=8&mysrc=搜索)、この「2010E両会」にも人口問題に関する議題をいくつか提起している。

http://elianghui.people.com.cn/forumSearch.do?title=&tt=&user=何亚福&ut=0&filesize=&ft=&keywords=&threadtype=1&select=0&select2=0&textfield=何亚福&stime=&etime=&x=40&y=11

  

この「2010E両会」に、青少年網絡聨合盟により、2月18日付で「关于人权问题-中国同性恋问题(人権問題に関して—中国同性愛問題)」という提案が掲載された。

  

E提案第3761号 已立案:关于人权问题-中国同性恋问题

http://elianghui.people.com.cn/proposalPostDetail.do?id=38466&boardId=2&view=1

  

これに目をとめた何亚福氏は、自分のブログで件の「一人っ子政策で云々」という持論を展開した。

  

计划生育导致同性恋增多—何亚福凤凰博客

http://blog.ifeng.com/article/4502068.html

  

(サーチナの記事ではここが曖昧だが、何亚福氏がトンデモ推論(もちろんこれは、僕の考えだが)を発表したのは、「強国社区」でも「2010E両会」上でもなく、自ブログだ。)

  

  

このブログ記事を、もう少し詳しく見てみたい。

中国語ができないので、エキサイト翻訳に働いて貰う。

  

以下は、段落ごとに機械翻訳にかけ、イミフな翻訳から意味を類推して要約したものだ。翻訳でも本当の意味での要約でもない。読む人は、決定的な誤りをしているかもしれないということを前提に読んで欲しい。

  

私は同性愛の問題について決して深く研究したこともないし、前はこの問題に関心を持ったことがなかった。が、最近「E両会」で人口問題関連の提案を提出したこともあって、「E両会」上の各種の提案を閲覧した。「E両会」で最も人気がある提案は何か?私は皆が関心を持つのは腐敗反対や遺伝子組み替え、住宅問題などだと思っていた。しかし予想外なことに、最も人気がある提案の1つは意外にも同性愛人権問題に関してだ。この提案は2月18日に提出され、3月10日までにクリック数が100万を上回り、支持の拍手は18万以上、署名数は23000人を上回る。むろん、この提案は「代刷流量」のようなものかもしれないが(ここよく分からない)。

  

1つのE提案だけで、同性愛がこのような大勢の支持を得ていると結論づけることはできない。だが今の中国同性愛者は30年前にに比べ非常に増加していることは否認できない事実あり、「同志」という言葉はある人々の間では同性愛傾向を持つ人のことだと理解されている。では、同性愛の増える原因は何か?前にも言ったように、私は同性愛問題についてあまり研究したことがなく、権威のある解答を出すことはできない。だが私個人の推測では、同性愛の増加には多くの原因があり、その1つは中国が1980年からの“1人っ子化”に基づく計画生育を全面的に推進したことだ。計画生育でどうして同性愛が増えるのかというと、2つの原因がある。・・・

  

続く内容は、サーチナの記事に詳しいだろう。

自身の推論を述べたのち、氏はこう結論づける。

  

計画生育は同性愛の増加を招き、同性愛の増加はまた出産率の下降を招く。同性愛者が子供を生むことがあり得ないからだ。同性愛の増加と普遍的な出産願望の低下は次のことを示唆する:中国が将来出産率を上昇させたいとしても、これはとても困難だということだ。中国は1991年以来出産率は低下を続け、すでに約20年になろうとしている。現在中国の出産率は非常に低いレベルにある。中国の人口の持続可能な発展のためには今中国が出産を激励しなければならない、と私は思う。

  

要するに、あまり同性愛について考えたことのない人が、ネットフォーラムで「同性愛者の人権」に賛同する人が多いのを見かけて、「同性愛者、多い!」とシンプルに驚き、ご自分の専門に牽強付会して「なぜ同性愛者はこんなに増えたのか」とブログで自説を上げてみた、というものだ。

  

このトンデモ説(僕のry)がどこかの中国語ニュースサイトで公表され、サーチナの記事はそれを翻訳編集したもの、という形跡は、今のところ僕には見つけられていない。サーチナの記事はこのブログにリンクを貼っているし、サーチナのソースもこのブログじゃないかと思う。もしかしたら、別に記事があるのかもしれないけれど、今のところ僕にそういう記事は見つけられていない。

  

はっきり言って、公のニュースになっていないとしたら、この人の名誉のためには良かったと思う。だって、バカ丸出しだもの。

  

まず発想のシンプルっぷりだ。同性愛者の人権に賛同を示す異性愛者も、いくらでもいる。ネットでは特にその意見を表明しやすいだろう。「同性愛者の人権に賛同=同性愛者=多い=同性愛者が多い!」って、バカもいいとこだ。

同性愛者が増加」って、これまで差別や抑圧の下で声を出せなかっただけだという想像力も働かないのだろうか。

そして推論の内容も,メチャクチャだ。

男が多い性比率の偏りが同性愛者増加の原因って、「同性愛者」は、男性同性愛者のことだとしか考えていない。ヘテロセクシストのおっさんがよくやる初歩的な間違いだ。

「男らしくない」「女らしくない」と同性愛者になる、というのも、みごとにヘテロセクシストのおっさん感覚である。

同性愛者が増えると出生率が下がる」というのも、クラシカルな偏見にもほどがある。90数パーセントの異性愛者の間の出産率の低下を引き起こす問題を放っといて、数パーセントの同性愛者の存在にやきもきしているなんて、この人本当に人口学者?と思う。

  

要するに、あまり同性愛に関心のない、むしろ偏見を持っている人が、ネットフォーラムで「同性愛者の人権」というテーマが好意的な支持を集めていることを意外に思い、「同性愛者が増えたんだねえ、でも、同性愛者が増えると人口が減って困るんじゃないの?」とブログに書きました、という話だと思うのだ。

  

僕も自分がよく知らないことにはバカな放言をする。ブログをやっていると、ネットという公の場でもよくやってしまう。ある分野の専門家も、自分がよく知らないことには変なことも言うだろうし、偏見も垂れ流すだろう。

日本のブログ界でもよくあることだ。

  

むしろ、サーチナがこれをもっともらしい記事に仕立てて発信していることが、僕は非常に不愉快だし、問題だと思う。

  

サーチナの記事は、これがよほど凝った皮肉でないとすれば、このトンデモ推論をそのまま受け入れていると言っていい。何氏は「権威ある回答は出せないが」と断っているが、この記事が権威を与えてしまっている。

  

最後の箇所、

  中国政府のこれまでの推計では、中国における男性同性愛者は約100万―500万人とされている。しかし、同性愛者の権利問題などに詳しい、李銀河氏や張北川氏らをはじめとする専門家は、その数は約3000万人に達し、今後増える可能性もあると指摘している。(編集担当:金田知子)

  

このソースは不明だが、中国同性愛者人口の試算に関するニュースはこれまでにも何度か出ている。

銀河氏による「300万人」という発言は、レコードチャイナの記事になっていた。

  

同性愛者は3000万人!意外と寛容な社会、同性結婚も合法化か?—中国レコードチャイナ

http://www.recordchina.co.jp/group/g12843.html

  

銀河氏は同性愛者やセックスワーカーの権利擁護を訴える有名な学者・アクティヴィストだ。これは僕の推測だが、中国同性愛者が置かれたクローゼット状態についてもよく知っているはずの方であり、「今後も増える」なんて言い方はしそうにない。

だが、サーチナの記事では、こうしたソースが、「一人っ子政策による憂慮すべき同性愛者の増加」という推論の裏付けを誘導するような道具に使われてしまっている。

  

この記事を日本語で読む人は、どんな印象を抱くのだろう。

その通りだ、と真に受ける人もいるだろうか。

中国ではこんな旧弊なことが言われるよね」と、(中国への偏見から)考える人も、いるかもしれない。

けれど、実際に起きていることは違う。

最近も大きなバックラッシュがあり、多くの困難を抱えているけれど、少しずつ同性愛者の生きる社会を開こうとする努力をしている人たちがいる。それがネットのフォーラムにも表れている。状況は、そういうことだ。

それを、人口学者の勘違い気味のブログ記事を引っ張ってきて、「同性愛者が増加し、人口減少が懸念される」という説を作り上げているのは、なによりサーチナのこの日本語記事の書き手だろう。

  

これは中国の問題というより、日本語のメディアの問題だと思う。

(サーチナ中国企業だが、日本語の記事は日本人スタッフの手により日本の読者を想定して編集されているのだろう。)

  

サーチナの記事で,僕が腹立たしいと思ったことは、もうひとつある。

  

「2010E両会」の青少年網絡聨合盟による「同性愛者の人権」の論説は、上海サーチナ(新秦調査)にも3月12日付で転載されている。

  

关于人权问题-中国同性恋问题— 新闻调查—新秦調査

http://www.searchina.net.cn/survey/detail.asp?id=2459

  

「感谢会员searchina提供此次新闻内容(サーチナ会員が今回この記事を提供してくれたことに感謝します?)」という一文を冒頭に添えての転載だ。1994年にようやく非犯罪化された同性愛中国で置かれた状況を訴える論説のあと、「あなたの周りに同性愛者の友人はいますか?(你身边有同性恋的朋友吗?)」というウェブアンケートがついている。

  

日本語サーチナの記事の関連記事の

あなたの周りに同性愛者の友人はいますか?-中国人調査

http://www.searchina.net.cn/survey/result_jp.asp?id=2459

  

というところから飛べる。

けれど、この日本語版の方では、青少年網絡聨合盟の論説は全部省略されているし、あまつさえ、タイトルは「中国人口学者、一人っ子政策同性愛者を増やした?」になっている(中国語の方は、ちゃんと「关于人权问题-中国同性恋问题」だ)。

日本語だけ読む人には、「あなたの周りに同性愛者の友人はいますか?」というアンケートが、人権問題に関連しているとは思わないだろう。「どれほど同性愛者が増えているのか?」の調査のようだ。

  

人権問題が語られているということを、どこまでも無視したいのだろう。

  

3月13日追記

昨夜勢いでまとめたメモだが、いろいろと問題がある気がする。

僕は、サーチナの記事について、

同性愛についてあまり考えたことのない,偏見を持つ学者の勘違い的なブログ記事を、サーチナがもっともらしい説のように取り上げている」

ということを強調した。

  

けれど、現在の中国で起きているという性比率の不均衡が、同性愛者の存在が社会の脅威であるようなまことしやかな言説に利用される、同性愛者に対する偏見や抑圧を正当化に結びつけられるというのは、ありうること、現に起きていることだというのは事実だ。

中国語メディアを読む力はないが、1月11日、ロシアの保守的タブロイド紙が、中国同性愛解放を人口問題に結びつけて危険視(というか、揶揄?)するような記事を発表していたことを、遅ればせながらGEIRO.orgで知った。

  

中国同性愛者がおかれている状況、そしてロシアゲイ殺人事件—GEIRO.org

http://geiro.org/2010/01/17/chinaandrussia/

  

何氏のブログエントリやそれを取り上げたサーチナの記事は、中国での同性愛者に対するバックラッシュ正当化に、人口問題不安が駆り出されてゆく(「同性愛者が増えると人口が」というのは本当に古くさい偏見なのだが、新規にドレスアップして、もっともらしく肯定される)という潮流の表れかもしれないのであり、僕の見方は、それをあまりに矮小化しているかもしれない。

  

けれど、サーチナの記事は、そうした流れを捉えるのではなく、むしろ「作ろうとしている」性質のものだという点で問題なのは確か。

  

あと、日本語による日本語・日本社会での語られかた、読まれかたの問題。

何氏のように、同性愛について考えたことはない、と言いながらいい加減な意見を自ブログで述べる人は、日本でも珍しくない。

同性愛者が増えた」「でも同性愛者が増えると生殖が」とか、特に考えるでもなく発言する人に遭遇する例は、枚挙にいとまがない。

それをニュースに取り上げ、かの国で「専門家」に裏付けられた仮説のように発信するメディアの問題、それが一つ。

そしてそれが日本社会で、「また中国でおかしなことを言っている」というようなかたちで受け止められること。

Yahooニュースには、いつものことだが、いくつものチャイナフォビックなコメントがついている。

そのうちの一部は、このトンデモ推論に対する呆れの表明だ。

そこには、伝統的・保守的な中国では、こんな奇妙な説が出るのも不思議はない、とでもいうようなニュアンスが伴う。

しかし、個人ブログの自説に過ぎなかったこのトンデモ推論を、中国で行われている同性愛者権利運動のコンテキストをわざわざ省略して、発信しているのは日本語メディアだ。

日本語社会・日本社会の偏見やホモフォビアの発露なのに、その責任は“当然ホモフォビックな国であろう”中国に負わされる仕組みになっている。

僕が最も気持ち悪く思われるのは、この点だ。

それをうまく説明できるとよいのだけれど。

2010-03-11

Housing Works「クリーヴ・ジョーンズへの8つの質問」(2009年9月)

| Housing Works「クリーヴ・ジョーンズへの8つの質問」(2009年9月) - Ry0TAの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - Housing Works「クリーヴ・ジョーンズへの8つの質問」(2009年9月) - Ry0TAの日記

最近、HIVエイズに関する古い本を読み返していたが、そのなかで、おや?と思わされたことがある。

  

昨年、合衆国でカムアウトしたゲイとして初めて公職に就いたハーヴェイ・ミルクの生涯を描いた映画『ミルク』(2008)が公開された。それに伴って、ミルクを取り巻く人びと、彼とともに同性愛者などマイノリティの権利擁護のために動いた人びとのこともクローズアップされた。

クリーヴ・ジョーンズは、その一人だ。

青春時代にミルクの選挙事務所に入って以来、弟子のような立場で活動を共にし、ミルクが暗殺されたのちも政治活動に専心し、現在に至っている。

『ミルク』の脚本を書いたダスティン・ランス・ブラックを同時代の証人として助け、監督ガス・ヴァン・サントにつないだ人で、映画が話題になるなか、映画に関する彼のコメントにもあちこちで接することができた。

  

ゲイ政治家、ミルクと一緒に活動した実在の人物がショーン・ペンとミルクを語る—シネマトゥデイ

http://www.cinematoday.jp/page/N0017660?g_ref=twitter

  

僕個人は、製作開始から1週間は毎日泣き通し、ミルクを暗殺したダン・ホワイト役のジョシュ・ブローリンがそばを通ると怒りと恐怖で体が震えた、というコメント*1が印象的だった。映画が呼び戻した記憶の強烈さに、どれほどのめり込んでいたのかと胸を突かれる。

  

写真で見るとがっしりした体格の人だが、映画では華奢なエミール・ハーシュが、とてもチャーミングに演じていた。

  

『MILK—写真で見るハーヴィー・ミルクの生涯』(伏見憲明監修/安齋奈津子訳、AC Books、2009)から、彼の経歴を解説した箇所を引用しよう。

  

クリーヴ・ジョーンズは、ネイムズ・プロジェクト・エイズ・メモリアル・キルトの創始者。1954年、インディアナ州ウェストラファイエットに生まれた。

 激動の1970年代のサンフランシスコでハーヴィー・ミルクと仲良くなったころから活動家として歩み始め、ミルクの当選後はサンフランシスコ州立大学政治学を修めながら市庁舎で学生インターンを務めた。ミルク死後は退学し、カリフォルニア州下院議員議長レオ・マッカーシーウィリー・L・ブラウン・ジュニアの立法コンサルタントとしてサクラメントで働いた。

 1982年サンフランシスコに戻る。下院議員アート・アグノスの地区事務所を経て、サンフランシスコ民主党中央郡委員会に3回当選し、少年司法制度および非行防止のための地方、州委員会、ミッション・メンタルヘルスコミュニティ諮問委員会で活躍した。

 1983年、エイズの脅威を自覚してサンフランシスコエイズ財団を設立。1985年、ハーヴィー・ミルクのキャンドルライト追悼式の最中にエイズ・メモリアル・キルトを公安。1987年、親友マーヴィン・フェルドマンのためにキルト第1号を作製。この企画は世界最大規模を誇るアートプロジェクトに成長し、エイズで死亡したアメリカ人85,000人以上を追悼した。

 ハーバードエイズ研究所における国際諮問委員会、プロジェクトインフォーム全米理事会、エイズ及び免疫者調査財団取締役会のメンバーとしても活躍し,アメリカ国内や世界中の高校、カレッジ、大学で勢力的に講演活動を行っている。

 現在はカリフォルニア州パームスプリングスに住み、繊維業・ホテル業、飲食店業従事者の国際労働組合ホテルワーカーズ・ライジング・キャンペーン・ユナイト・ヒアのオーガナイザーを務める。

 2000年4月に上梓した回顧録『Stitching a Revolution』は、ベストセラーとなった。

  

『MILK—写真で見るハーヴィー・ミルクの生涯』pp.44-45.

  

クリーヴ・ジョーンズの最も有名な活動は、上の引用にもあるように、エイズ合併症で亡くなった人の名と思い出をキルトに縫い込んで形に残そうとする「The NAMES Project」(1985年サンフランシスコで開始)だ。

  

http://www.aidsquilt.org/

NAMES Project AIDS Memorial Quilt - en.Wikipedia

http://en.wikipedia.org/wiki/NAMES_Project_AIDS_Memorial_Quilt

  

NAMESプロジェクトにインスパイアされたエイズ・メモリアル・キルト運動は、日本でも早くから始まっていたから、ハーヴェイ・ミルクつながりでなくても、彼の名を知っていた人は大勢いたはず。

Memorial Quilt Japan

http://mqj.jp/

  

NAMESプロジェクトのサイトでは、データベースで5800以上のエイズ・メモリアル・キルトを見ることができる。

http://173.160.74.170:591/FMRes/FMPro?-db=search%20the%20quilt.fp5&-layID=4&-token=25&-format=Ztablevw.htm&-error=Zerr.htm&-mode=table&-sortfield=Block%20Number&-sortorder=ascend&-findall

  

NAMESプロジェクトでその名を知られ、映画『ミルク』でまた注目を集めたクリーヴ・ジョーンズだが、彼自身がHIV陽性者であることは、あまり語られないような気がする。

  

おや、と思ったというのは、このことだ。

  

HIVアクティヴィストであるから、言うまでもないということもあるのだろう。でも、HIVエイズの予防啓発・治療支援に携わっている人たちが、みなHIV陽性者なわけではない。

クリーヴ・ジョーンズ自身は、HIV陽性者であることを公にし、しばしばその体験を語っている。けれど、映画パンフレットや上記の『写真で見るハーヴィー・ミルクの生涯』でも、HIVアクティヴィズムにおける彼の献身的な活動は記していても、彼自身がHIVとともに生きている人であること、HIVエイズが死の病だった時期から、1990年代前半治療法の確立により長く共存する病になった劇的な変化の時代をサバイバルしてきた生き証人の1人であることに、触れていない。

  

なぜだろう、と思う。印象だが、日本のHIVエイズ啓発・支援活動は、陽性者・患者のプライバシーを守るということを大切にしてきたのではないかと思う。クリーヴ・ジョーンズがPWA(HIVエイズとともに生きる人)であることにわざわざ触れないというのも、そのような配慮の、自然な表れかも知れない。陰性者はわざわざ陰性者だと言う必要もないのに、陽性者だけが「この人は陽性で・・・」と言われねばならないのもおかしい。語らないことに疑問を感じる僕が、浅はかかも知れない。

  

けれど、少し、残念にも思う。

彼は、HIVエイズの最も厳しい時代を生き抜き、社会を変えようと呼びかけてきた、そういう人なのだから。

  

と、このような、答えが見つけられないことを考えているうちに、クリーヴ・ジョーンズの健康状態のことが、少し気になってきた。

昨年メディアに登場した様子からも元気なことは間違いないだろうが、感染を自覚してから20年以上を経て、いま50代のジョーンズ、健康に問題はないのだろうか。

検索していて、昨年10月ワシントンDCで開催されたナショナル・イクオリティマーチNational Equality Marchの時の彼のインタビューを読んだ。

  

http://www.housingworks.org/blogs/detail/qa-with-cleve-jones/

8 Questions for Cleve Jones-Housing Works

  

ネットで読める彼のインタビューはいくつもあるが、最近の自身の健康状態を語っているので、目にとまったのだ。

それによると、HIV由来ではない健康の問題があるが、それ以外は元気らしい。良かった。

様々な批判もあったイクオリティマーチだが、クリーヴ・ジョーンズは主催者側の1人として、マーチの意義を主張している。ジョーンズの健康状態についてもだが、1980年代から現代までHIVエイズの時代を生きてきた彼が語る合衆国HIVエイズの現状、世代観、運動観は、なにもかも納得できるかは別としても、興味深い。正確に訳せる自信がないが、メモ代わりに訳しておこう。

  

インタビューをしているHousing Worksは、PWAのホームレスに住居を確保する活動をしている団体だ。

  

クリーヴ・ジョーンズへの8つの質問

私たちがナショナル・イクオリティマーチの期間中に開催するHIVエイズに関する座り込み集会、10月10日の「エイズを終わらせるための平等Equality to End AIDS 」の準備を進めているとき、「アップデート」はイクオリティマーチオーガナイザーでありエイズ・メモリアル・キルトの創始者であるクリーヴ・ジョーンズ(54)に会った。「エイズを終わらせるための平等」のイベントが開催できないように思われていたとき、サンフランシスコでハーヴィー・ミルクとともにコミュニティの組織を始めたジョーンズは、仲裁に入ってイベントの日を救ってくれた人の1人だったのだ。

  

HIV陽性者であるジョーンズは、行進、平等の権利、エイズ・アクティヴィズム、彼を批判する人々の議論がなぜ「下らない」かということについて、このように語った。

  

エイズが今日の若い人々にとってはあなたの世代にとってそうだったものとは違うということについて、どう考えますか。

  

全体として新しい世代の感染は、多くが多剤耐性を伴っていますね。若い世代は、それについて語ったり、自分がどんな状態か明かすということは、あまりやりそうにありません。私の世代の人たちが経験した連帯は、過ぎ去ってしまいました。私は1985年検査が登場したとき、陽性だと知りました。いまの若い人たちは、もっと孤立しているのではないかと思います。

  

—あなたの世代のゲイ男性は、エイズとの戦いを放棄してしまったと思いますか?

  

私の世代にとって,部分的にはそうですね。昨夜の聴衆の目の中に、それを窺うことができました。エイズとの戦いは、単にあの恐ろしい記憶を呼び戻すだけのものですから。私は、治療が可能になるまえ、自分が体の中にウィルスがあるのだと知りながら、10年間を生きていました。ある人たちには、ただ対処することさえできないことなのです。

  

けれど、私たちは本当に、関わることの深刻さはそういうところにあるのではないと、知らねばなりません。エイズとの戦いは、過去に私たちが見てきたものではない。これを言わねばならないのは嫌なことですが、しかし私はこれは人種問題だと思っています。感染は非白人の社会でより広まっています。エイズの顔は絶えず変化し、メディアが示すよりもっと複雑なのです。多くが非白人の若い人で、かれらは貧しい傾向がある。痛ましい現実があるのに、社会からの連帯はない。これには憂鬱になります。

  

—イクオリティマーチで、健康問題改革は語られるでしょうか?

  

この問題こそ議論しなければならないことです。LGBTコミュニティが健康問題にあまり関心がないことに、私は動揺しています。私たちのリーダーたちがあまり熱心でないことには、当惑させられます。パートナーシップを持っている人は誰でも、パートナーのために保険を手に入れることが重大なことだと知っています。私たちはまだ、保険を手に入れることがいつでもできる状態ではない。HIVに限らず、乳がんについてもです。アルコール依存症や麻薬依存症治療費も同様です。私の考えでは、これはただ世論を喚起することで意味があるものになる、と思います。

  

—あなたの健康はどうですか?

  

私の健康は良いです。HIVとは関係のない健康上の問題がいくつかありますが。90年代初めは、本当に具合が悪かったのです。94年の秋に治療を始め、それは本当にうまく行きました。長い間病気だったということや、90年代初めに私が取った治療の一部から来ている問題が、いくらかありますね。

  

—なぜ「エイズを終わらせるための平等」は、週末に別のイベントとして行われるのでしょう?

  

過去の行進では、膨大なエネルギーが様々な要求を勝ち取るための戦いに費やされました。私たちは、この行進が、究極的に1つの問題に焦点を当てることを望んでいます。その1つの問題とは、法の下の平等な保護です。LGBTコミュニティに関して、もっと深く究明されることを必要としている問題はたくさんあるということも、認識しています。だから、週末に特別なプログラムを開催し、行進では発言者を招くことにしたのです。

  

—行進はリソースの無駄であると言う批判に対して、どう答えますか?

  

ああ、お願いですから、そちらには行かないでくれますか。それはつまらないことですよ。活字にして公表してもいいですが。私たちが行進に費やした額は、1回の週末のアルコール代と同じです。人は自分の蓄えを失うまいと清朝になりますが、お金を集めると言うことを分かっていない。限られた額の資金しかないのだ、と考えたようですが、それは怠慢です。運動は成長しなければならないし、そうしなければ死ぬのです。いつもより多くの人、より多くのリソースを獲得し続けなければいけません。

  

—あなたが『ミルク』で果たした役割は、あなたを若い世代に近づきやすくしたと思いますか?

  

まったくそうだと思います。映画が登場するまで、私は全国を旅して回っていました。くたくたになっていましたよ。私たちは歴史的な瞬間にいます。まさに今、私たちが非常に勇気を持ち,強くあることができたら、LGBTのための平等を勝ち取り、それから、私たちのエネルギーを[HIV問題に?再び向ける機会が持てるでしょう。これはHIVエイズに限ったことではありませんが。

  

—もしハーヴィー・ミルクが生きていたら、彼はエイズによる死をある程度予防することができただろうという人たちの考えを読んだことがありますが、あなたはどう思いますか?

  

私はそういう議論をしようと思ったことはないですね。彼のパートナーの多くが死んだことを考えれば、ハーヴィー自身が生き残ることができたか分かりませんし。あらゆる種類の仮説があり得ますが、私たちの多くが感じるのは、ハーヴィーが生きていたら、きっとサンフランシスコ市長になっただろうということだと思います。サンフランシスコ市長が性行為にそれほど潔癖すぎなかったらと想像するのは、おもしろいと思いませんか?[カリフォルニア上院議員の]ダイアン・ファイアステインじゃなくね。

  

クリーヴ・ジョーンズのオフィシャルサイト

http://www.clevejones.com/

*1:『MILK—写真で見るハーヴィー・ミルクの生涯』p.114.

2010-03-10

フロスト警部「狙われた天使」のレズビアン・カップル

| フロスト警部「狙われた天使」のレズビアン・カップル - Ry0TAの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - フロスト警部「狙われた天使」のレズビアン・カップル - Ry0TAの日記

英国ミステリドラマ『フロスト警部』「狙われた天使(原題House Calls)」(1997)で、レズビアン・カップルが登場していた。

  

A Touch of Frost - en.Wikipedia

http://en.wikipedia.org/wiki/A_Touch_of_Frost_(TV_series)

  

ここで有料視聴できる。

http://www.showtime.jp/app/detail/contents/g00cnm120000131710758/

  

どのように登場するのか説明してしまうとネタバレになるので詳細は書かないが、物語のテーマは、「犯罪者への人間としての共感」であったと思う。

罪を犯した人間も、苦しんだゆえの、やむにやまれぬ行動だったかも知れないーなんて書いてしまうと、そんなドラマはいくらでもありそうだし、なんだかつまらない話のような気がしてくる。が、罪を犯した人間を、「犯罪者」として端から疑いの目で見るのではなく、一人の人間として見、その人間が味わった苦しみに同情もする。児童虐待で服役し刑務所で虐待された引きこもりの男シドニーに同情したことで、児童殺人事件を引き起こしたと追いつめられ苦しむが、自分の直感を信じて捜査を続けるフロストの姿を通し、その「つまらない」ことの難しさと重さを描いていた、そういうストーリーであったように思う。

  

それぞれの人物たちが、それぞれのやむにやまれぬ事情で望まない犯罪に巻き込まれてゆくなかで、レズビアン・カップルが殺人事件に巻き込まれる事情は、「クロゼット」である。

  

田舎の村で、

「ただ何も言われずに、静かに暮らしたかっただけ」

その望みは、だがほぼ必然的に、レズビアンであり恋人同士であることを隠すクロゼットにつながる。

そしてその状態を守ろうとすると、レズビアンであることにつけ込まれ危険にさらされても、正当防衛を主張できない。それを言えば、恋人同士だということも、明らかにしなければならないから。

性的少数者が遭遇する犯罪では、同性愛者やトランスジェンダーホモフォーブ(同性愛嫌悪者)やトランス嫌悪者に暴力を振るわれる、殺されるなどの悲惨な、そのぶん可視化しやすい憎悪犯罪事件が注目されるし、そういうものとして想像される。

だが、そうした大きな犯罪の背後には、小さな窃盗、詐欺、恐喝、いやがらせなど、届け出ることができず、泣き寝入りする犯罪が数知れずある、という論説を、以前読んだことがあった。被害を被っても、それを届け出るために性的少数者だと明かさねばならない、あるいは明らかになる恐れがあるなら、往々にして人は黙っていることを選んでしまう。事件そのものが、その人が性的少数者であることと関わりなくても、そうなってしまうのだ。届け出るとき、なにかプライバシーが関わるようなことを説明せねばならなくなれば、「ばれる」可能性は常につきまとう。事件が公になり、それが周囲にも知られるかも知れないと思うと、黙って被害を受け入れるほうを選択する人は、恐らく少なくないだろうと思う。

性的少数者に限らない。民族的マイノリティ、受刑者、通院などを知られては困る人・・・身や生活を守るために、泣き寝入りを選ばされる人たちが、それぞれの社会が持つ構造によって存在する。少数者が遭遇する犯罪被害のありようは、「明瞭な憎悪犯罪」だけではなく、このような構造まで考えに入れなければ、分からないのではないか。

  

フロスト警部』のエピソードが良かったのは、レズビアン・カップルを共感的に描いていただけではなく、「隠さねばならない」状態が招くこのような犯罪被害のありようを、切実なこととして捉えていたからだと思う。それがこのストーリーを、美しくけなげなレズビアン・カップルを「かわいそう」と(上から目線で)描く鼻持ちならない話に墜ちるところから救っている。

フロスト警部は時々かなり鬱陶しいマッチョオヤジ警部なのだが、彼が女性同性愛についてうざいリアクションを見せなかったのも良かった。

(かつての彼の頼もしい仲間、モーリーン・ローソン巡査部長がレズビアンだから、当然だが。)